特別料金が不要な列車の最上位種別として、小田急では快速急行が運行されています。
その他にも、近年は通勤急行や通勤準急が加わり、複々線完成後の列車種別はバリエーションが豊かになりました。
快速や通勤を頭に冠した種別名は、過去に存在したものが復活するような流れとなっていますが、他にも快速準急という列車種別が存在しています。
今日まで復活していない快速準急は、どんな列車種別だったのでしょうか。
急行の8両化や、相鉄から小田急への乗り入れが廃止となる等、かなり大規模なダイヤ改正となっています。

このダイヤ改正でデビューした2600形は、近郊区間の各駅停車用として造られましたが、新たに設定された快速準急という列車種別でも活躍することとなります。
快速準急には様々な形式が充当されていますが、後年になるほど2600形の比率が高まっていったようです。
種別名が示すとおり、快速準急は急行と準急の間に位置付けられる種別で、新宿駅から相模大野駅間で運行されました。
後に運行区間は小田原駅まで拡大されていますが、江ノ島線には設定されていません。
運行された期間は約7年半と短く、1972年3月14日のダイヤ改正において、急行と統合されて廃止されました。
急行が成城学園前に停車することになり、快速準急との差が少なくなったことが理由です。
急行と準急の間に位置付けられ、やがて急行に統合されたことから、なかなか興味深い停車駅となっています。
快速準急の停車駅は、以下のとおりとなっていました。
・新宿
・下北沢
・経堂
・成城学園前
・登戸
・向ヶ丘遊園
・読売ランド前(休日のみ)
・鶴川(休日のみ)
・町田
・相模大野
・本厚木
・伊勢原
・鶴巻温泉
・秦野
・渋沢
・新松田
・小田原
停車駅を並べてみると、現代の急行に比較的近いものであることが分かります。
快速準急が設定された当時の急行は、経堂、成城学園前、登戸を通過しており、どちらかといえば現代の快速急行に近い存在でした。
その間を埋めるような存在として、快速準急が設定されていたということになります。
面白い点としては、休日のみ読売ランド前駅と鶴川駅にも停車していました。
よみうりランドやこどもの国へのアクセスをよくするためで、自動車が家庭に普及しきっていない時代ならではといえそうです。
やや特殊な位置付けであったことから、今後も復活することはないかもしれませんね。
その他にも、近年は通勤急行や通勤準急が加わり、複々線完成後の列車種別はバリエーションが豊かになりました。
快速や通勤を頭に冠した種別名は、過去に存在したものが復活するような流れとなっていますが、他にも快速準急という列車種別が存在しています。
今日まで復活していない快速準急は、どんな列車種別だったのでしょうか。
約7年半に渡って運行された快速準急
1964年11月5日のダイヤ改正において、小田急が本格的に大型車の時代へと入っていく起点となる、2600形がデビューしました。急行の8両化や、相鉄から小田急への乗り入れが廃止となる等、かなり大規模なダイヤ改正となっています。

このダイヤ改正でデビューした2600形は、近郊区間の各駅停車用として造られましたが、新たに設定された快速準急という列車種別でも活躍することとなります。
快速準急には様々な形式が充当されていますが、後年になるほど2600形の比率が高まっていったようです。
種別名が示すとおり、快速準急は急行と準急の間に位置付けられる種別で、新宿駅から相模大野駅間で運行されました。
後に運行区間は小田原駅まで拡大されていますが、江ノ島線には設定されていません。
運行された期間は約7年半と短く、1972年3月14日のダイヤ改正において、急行と統合されて廃止されました。
急行が成城学園前に停車することになり、快速準急との差が少なくなったことが理由です。
快速準急の停車駅
約7年半で廃止となった快速準急ですが、停車駅はどのようなものだったのでしょうか。急行と準急の間に位置付けられ、やがて急行に統合されたことから、なかなか興味深い停車駅となっています。
快速準急の停車駅は、以下のとおりとなっていました。
・新宿
・下北沢
・経堂
・成城学園前
・登戸
・向ヶ丘遊園
・読売ランド前(休日のみ)
・鶴川(休日のみ)
・町田
・相模大野
・本厚木
・伊勢原
・鶴巻温泉
・秦野
・渋沢
・新松田
・小田原
停車駅を並べてみると、現代の急行に比較的近いものであることが分かります。
快速準急が設定された当時の急行は、経堂、成城学園前、登戸を通過しており、どちらかといえば現代の快速急行に近い存在でした。
その間を埋めるような存在として、快速準急が設定されていたということになります。
面白い点としては、休日のみ読売ランド前駅と鶴川駅にも停車していました。
よみうりランドやこどもの国へのアクセスをよくするためで、自動車が家庭に普及しきっていない時代ならではといえそうです。
おわりに
利用者が爆発的に増えつつある中で、短期間だけ運行されていた快速準急。やや特殊な位置付けであったことから、今後も復活することはないかもしれませんね。


コメント
コメント一覧 (25)
・当時快速準急は新宿発1046から1446までで、この間30分ヘッド。すべて小田原行き。
・急行は既にこのとき成城学園前、登戸に停車しており、快速準急との違いは経堂通過のみ。
・急行、快速準急ともに海老名、愛甲石田、大根は通過。
でありました。
ワタシダ
が
しました
小田原線は、新宿→新百合→町田→大野→海老名→本厚木→伊勢原→秦野→小田原
江ノ島線は、新宿→登戸→町田→大野→大和→藤沢
(通勤型車両で、別料金不要)
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
本厚木↔︎新松田の間が各停じゃないのも、興味深いです。
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
と言っても、トロトロ走りだから時間的には何も変わらないんだろうけどね。
ワタシダ
が
しました
1970年頃の駅掲載の路線図には、まだ快速準急が残っていた記憶があります。自宅最寄駅は江ノ島線だったので、乗ったことはありませんでした。
海老名は、相鉄の本厚木乗入が終わった後も、ホームで平面乗換ができていました。(対面だったか、相鉄ホームの先端だったかは忘れましたが)
ワタシダ
が
しました
「こどもの国」の開園日が1965年5月5日なので、休日鶴川停車が開始されたのはそれ以降ではないかと思います。
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
勉強になりました!
種別で気になる事があるんですが、昔(約35年前)の路線図に江ノ島線にも「準急」の案内が何年間かあったのですが、一度も走ってるところを見たこと無いんですが教えて欲しいです。
ちなみにその後、江ノ島線の準急の停車駅の案内は消えて「湘南急行」が登場しました!
ワタシダ
が
しました
もし私がタイムマシンを持っていたら、5000系と9000系の側面には2種類の電照式種別表示器を備えに行きます。1つ目は「快速/通勤」の切替式、2つ目は「急行/準急」の切替式とし、左右に並列します。これによって、「快速急行」「快速準急」「通勤急行」「通勤準急」「快速」「急行」「準急」「何も点灯していないのは各停」の8種類が表示できます。
ワタシダ
が
しました
新宿 下北沢 登戸 町田 本厚木 伊勢原 秦野 新松田 小田原
2021年の特急(81分)
新宿 新百合 大野 本厚木 伊勢原 秦野 小田原
1960年は登戸の代わりに向ヶ丘遊園と鶴巻温泉
63年以降は更に相模大野と東海大に止まってたらしい
ワタシダ
が
しました
通勤準急を快速準急という名前に変えるというのもありかもしれませんが、もう浸透してしまった今となっては変えるのは難しいんじゃないかという気もします。
ワタシダ
が
しました
一部の特急さえ停まる著しく発展した街とは全く別の風景だったのでしょうね。
ちなみに海老名の市制施行は昭和46年です。
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
1970年代初頭以前の小田急は多種多様な種別が混在し、通勤系の列車種別が含まれる点では2018年以降のダイヤと似たような形ですね。
かつて小田急には準特急(いわゆる快速急行に相当する列車で、他に近鉄や京王でも過去に存在し、現在は阪急で運用されとります)という種別もありましたが、こうした「準〇〇」や「快速〇〇」といった種別が面白い特徴を持つ列車であることが改めて窺えますね。
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました