約18年ぶりの新型ロマンスカーとして登場し、1980年に営業運転を開始した小田急7000形(LSE)。
小田急7000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
編成内で製造メーカーが混在するのは1次車と同様ですが、日本車輌製造で完成した車両を5両に組み、川崎重工業まで輸送するという、逆の対応を行っています。
車両の仕様は1次車とほぼ同様ですが、カーペットの色等に小規模な変更が行われました。
1982年には国鉄に貸し出され、ボギー車と連接車の比較試験に使用されています。
全体の3番目として、1997年度にリニューアルが行われ、10000形(HiSE)に準じたカラーリングに変更されました。
50000形(VSE)の登場前には、台車等を交換して試運転を行っており、エピソードが豊富な編成となっています。
他の編成と同じように使われ、晩年もはこね号等で運用されました。
2009年度に廃車され、LSEとしては最初の引退となっています。
※左側が新宿方
デハ7102:2次車
サハ7052:2次車
デハ7202:2次車
デハ7302:2次車
デハ7402:2次車
デハ7502:2次車
デハ7602:2次車
サハ7152:2次車
デハ7702:2次車
デハ7802:2次車
デハ7102:日本車輌製造
サハ7052:日本車輌製造
デハ7202:川崎重工業
デハ7302:川崎重工業
デハ7402:川崎重工業
デハ7502:川崎重工業
デハ7602:川崎重工業
サハ7152:川崎重工業
デハ7702:日本車輌製造
デハ7802:日本車輌製造
デハ7102:1981年11月24日
サハ7052:1981年11月24日
デハ7202:1981年11月24日
デハ7302:1981年11月24日
デハ7402:1981年11月24日
デハ7502:1981年11月24日
デハ7602:1981年11月24日
サハ7152:1981年11月24日
デハ7702:1981年11月24日
デハ7802:1981年11月24日
デハ7102:1997年10月11日
サハ7052:1997年10月11日
デハ7202:1997年10月11日
デハ7302:1997年10月11日
デハ7402:1997年10月11日
デハ7502:1997年10月11日
デハ7602:1997年10月11日
サハ7152:1997年10月11日
デハ7702:1997年10月11日
デハ7802:1997年10月11日
デハ7102:2010年1月6日
サハ7052:2010年1月6日
デハ7202:2010年1月6日
デハ7302:2010年1月6日
デハ7402:2010年1月6日
デハ7502:2010年1月6日
デハ7602:2010年1月6日
サハ7152:2010年1月6日
デハ7702:2010年1月6日
デハ7802:2010年1月6日
小田急7000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
7002Fの概要
1981年度に登場したLSEの2次車で、7001Fに続いて11両編成となりました。編成内で製造メーカーが混在するのは1次車と同様ですが、日本車輌製造で完成した車両を5両に組み、川崎重工業まで輸送するという、逆の対応を行っています。
車両の仕様は1次車とほぼ同様ですが、カーペットの色等に小規模な変更が行われました。
1982年には国鉄に貸し出され、ボギー車と連接車の比較試験に使用されています。
全体の3番目として、1997年度にリニューアルが行われ、10000形(HiSE)に準じたカラーリングに変更されました。
50000形(VSE)の登場前には、台車等を交換して試運転を行っており、エピソードが豊富な編成となっています。
他の編成と同じように使われ、晩年もはこね号等で運用されました。
2009年度に廃車され、LSEとしては最初の引退となっています。
編成表
デハ7002-デハ7102-サハ7052-デハ7202-デハ7302-デハ7402-デハ7502-デハ7602-サハ7152-デハ7702-デハ7802※左側が新宿方
製造区分
デハ7002:2次車デハ7102:2次車
サハ7052:2次車
デハ7202:2次車
デハ7302:2次車
デハ7402:2次車
デハ7502:2次車
デハ7602:2次車
サハ7152:2次車
デハ7702:2次車
デハ7802:2次車
製造所
デハ7002:日本車輌製造デハ7102:日本車輌製造
サハ7052:日本車輌製造
デハ7202:川崎重工業
デハ7302:川崎重工業
デハ7402:川崎重工業
デハ7502:川崎重工業
デハ7602:川崎重工業
サハ7152:川崎重工業
デハ7702:日本車輌製造
デハ7802:日本車輌製造
竣功日
デハ7002:1981年11月24日デハ7102:1981年11月24日
サハ7052:1981年11月24日
デハ7202:1981年11月24日
デハ7302:1981年11月24日
デハ7402:1981年11月24日
デハ7502:1981年11月24日
デハ7602:1981年11月24日
サハ7152:1981年11月24日
デハ7702:1981年11月24日
デハ7802:1981年11月24日
車体修理竣功日
デハ7002:1997年10月11日デハ7102:1997年10月11日
サハ7052:1997年10月11日
デハ7202:1997年10月11日
デハ7302:1997年10月11日
デハ7402:1997年10月11日
デハ7502:1997年10月11日
デハ7602:1997年10月11日
サハ7152:1997年10月11日
デハ7702:1997年10月11日
デハ7802:1997年10月11日
廃車日
デハ7002:2010年1月6日デハ7102:2010年1月6日
サハ7052:2010年1月6日
デハ7202:2010年1月6日
デハ7302:2010年1月6日
デハ7402:2010年1月6日
デハ7502:2010年1月6日
デハ7602:2010年1月6日
サハ7152:2010年1月6日
デハ7702:2010年1月6日
デハ7802:2010年1月6日
7002Fの写真


コメント
コメント一覧 (11)
7002Fは一時期営業からは外れて試作台車を履いてしばらく試験を繰り返しており、その成果がVSEとして反映されましたね。
ワタシダ
が
しました
LSEは、高床ではないためトイレ部分もバリアフリー対応できたためHiSE引退後も2018年頃まで活躍できましたが、7002Fの廃車で部品取りして残り2編成は長く活躍できたのかな…?
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
何の予告もなく突然の別れとなりました。
「リニューアルが遅いのになぜ?」
「国鉄に貸し出した栄誉ある編成なのになぜ?」
ということです。
VSE登場前にも試験を行っているということなので
国鉄貸し出しも含め、試験に使用した『傷跡』が影響したのかもしれませんね。
異端車扱いで早々に淘汰されたのか、または調子が悪かったのでしょうか?
ワタシダ
が
しました
当時小田急7000が国鉄の線路を走ると聞いて、国府津駅の二宮寄りに見に行きました。
あの大きなカーブを、ゆっくりと通過して行きました。
当時の国鉄は485系などの特急車で最高120km/h運転だったところ
「130km/hスーパー特急」計画をぶち上げて、色々試験をしてました。
結局、「赤字の国鉄が新規プロジェクトなんか、けしからん」という声に押され中止され
130km/h特急の登場はJR化後になりました。
ワタシダ
が
しました
そもそも現在の形式名の付け方は、廃車となった名車への敬意がないのがおかしい。
巨人軍の王貞治の1番、長嶋茂雄の3番と同じように、小田急の3000系や3100系は永久欠番にすべきであり、今からでも二代目3000系は改番すべきである。
過去の名車に対するリスペクトを欠いていては、鉄道の価値を下げてしまう。これは小田急にとって恥ずべきことであり、猛省が求められる。
まず必要なことは、社員の意識改革であろう。小田急はヤンキースを見習うべきである。
話が逸れたが、次の新しい通勤車両は、是が非でも6000系と命名すべきであり、間違っても7000系としてはならない。
小田急にこれまで6000系がなかったのは、営団6000系との重複をさける必要があったことが理由だが、営団6000系はとうの昔に引退した。
さらにその先、15年先を考えたとしても、やはり通勤車両に7000系の型式名を付すことは許されない。
将来的な見込みが不透明である今こそ、小田急は7000系の名をを永久欠番に指定すべきである。
ワタシダ
が
しました