開業60周年を記念するロマンスカーとして、1987年に営業運転を開始した小田急10000形(HiSE)。
小田急10000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
デビュー時は唯一の存在でしたが、少し遅れて1月に第2編成も加わっています。
HiSEは製造メーカーによって座席色の組み合わせが異なり、10001Fは両端3両がレッド系、中間5両がブルー系とされました。
前面展望席の座席色については、最前部の通路側がレッド系、窓側がブルー系で、2列目以降は配置が交互となります。
1次車に分類される10001Fは、先頭部分に設置されているドアの幅が若干狭く、700mmとなっています。
運行開始後の変化はそこまで多くありませんが、外見上では5本の白いラインを入れていた部分が後に変更され、山百合のシンボルマークとなりました。
50000形(VSE)のデビューに伴い、2005年1月に営業運転から外れて休車となりましたが、2006年5月に復帰を果たしています。
その後はHiSEとして最後まで残る編成となり、2012年3月16日に営業運転を終了しました。
引退後は3両が残され、喜多見検車区内に保存されていましたが、2017年にデハ10001以外は解体されました。
残った1両はロマンスカーミュージアムに収蔵され、現在もその姿を見ることができます。
※左側が新宿方
デハ10002:1次車
サハ10003:1次車
デハ10004:1次車
デハ10005:1次車
デハ10006:1次車
デハ10007:1次車
デハ10008:1次車
サハ10009:1次車
デハ10010:1次車
デハ10011:1次車
デハ10002:日本車輌製造
サハ10003:日本車輌製造
デハ10004:日本車輌製造
デハ10005:日本車輌製造
デハ10006:日本車輌製造
デハ10007:日本車輌製造
デハ10008:日本車輌製造
サハ10009:日本車輌製造
デハ10010:日本車輌製造
デハ10011:日本車輌製造
デハ10002:1987年12月4日
サハ10003:1987年12月4日
デハ10004:1987年12月4日
デハ10005:1987年12月4日
デハ10006:1987年12月4日
デハ10007:1987年12月4日
デハ10008:1987年12月4日
サハ10009:1987年12月4日
デハ10010:1987年12月4日
デハ10011:1987年12月4日
デハ10002:2012年6月21日
サハ10003:2012年6月21日
デハ10004:2012年6月21日
デハ10005:2012年6月21日
デハ10006:2012年6月21日
デハ10007:2012年6月21日
デハ10008:2012年6月21日
サハ10009:2012年6月21日
デハ10010:2012年6月21日
デハ10011:2012年6月21日

小田急10000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
10001Fの概要
1987年に登場したHiSEの第1編成で、同年の12月23日に営業運転を開始しました。デビュー時は唯一の存在でしたが、少し遅れて1月に第2編成も加わっています。
HiSEは製造メーカーによって座席色の組み合わせが異なり、10001Fは両端3両がレッド系、中間5両がブルー系とされました。
前面展望席の座席色については、最前部の通路側がレッド系、窓側がブルー系で、2列目以降は配置が交互となります。
1次車に分類される10001Fは、先頭部分に設置されているドアの幅が若干狭く、700mmとなっています。
運行開始後の変化はそこまで多くありませんが、外見上では5本の白いラインを入れていた部分が後に変更され、山百合のシンボルマークとなりました。
50000形(VSE)のデビューに伴い、2005年1月に営業運転から外れて休車となりましたが、2006年5月に復帰を果たしています。
その後はHiSEとして最後まで残る編成となり、2012年3月16日に営業運転を終了しました。
引退後は3両が残され、喜多見検車区内に保存されていましたが、2017年にデハ10001以外は解体されました。
残った1両はロマンスカーミュージアムに収蔵され、現在もその姿を見ることができます。
編成表
デハ10001-デハ10002-サハ10003-デハ10004-デハ10005-デハ10006-デハ10007-デハ10008-サハ10009-デハ10010-デハ10011※左側が新宿方
製造区分
デハ10001:1次車デハ10002:1次車
サハ10003:1次車
デハ10004:1次車
デハ10005:1次車
デハ10006:1次車
デハ10007:1次車
デハ10008:1次車
サハ10009:1次車
デハ10010:1次車
デハ10011:1次車
製造所
デハ10001:日本車輌製造デハ10002:日本車輌製造
サハ10003:日本車輌製造
デハ10004:日本車輌製造
デハ10005:日本車輌製造
デハ10006:日本車輌製造
デハ10007:日本車輌製造
デハ10008:日本車輌製造
サハ10009:日本車輌製造
デハ10010:日本車輌製造
デハ10011:日本車輌製造
竣功日
デハ10001:1987年12月4日デハ10002:1987年12月4日
サハ10003:1987年12月4日
デハ10004:1987年12月4日
デハ10005:1987年12月4日
デハ10006:1987年12月4日
デハ10007:1987年12月4日
デハ10008:1987年12月4日
サハ10009:1987年12月4日
デハ10010:1987年12月4日
デハ10011:1987年12月4日
廃車日
デハ10001:2012年6月21日デハ10002:2012年6月21日
サハ10003:2012年6月21日
デハ10004:2012年6月21日
デハ10005:2012年6月21日
デハ10006:2012年6月21日
デハ10007:2012年6月21日
デハ10008:2012年6月21日
サハ10009:2012年6月21日
デハ10010:2012年6月21日
デハ10011:2012年6月21日
10001Fの写真



コメント
コメント一覧 (7)
長電に譲渡された編成にも近く乗りに行きたいです。
ワタシダ
が
しました
本系列がバリアフリーに対応できなかったのはトイレ部にハイデッカー構造が掛かってしまったのが主要因で、長野電鉄ではトイレなし車両のみで4連を構成し、展望席直後(ここだけは高床構造になっていない)を小改造しバリアフリー対応しました(ただしドア幅が狭く乗れない車椅子もありますが…)。
ワタシダ
が
しました
今年のブルーリボン賞候補のノミネート車は、なんと特急車が1形式もないそうです。
さて、どの車が選ばれるのか、はたまたEXEのときみたく「該当車なし」になるのか?
ワタシダ
が
しました
SEはスーパーエクスプレスの頭文字で、従前の法則が引き継がれているが、そこに「High」の前半2文字のみくっ付け、しかも2文字目だけ小文字を混ぜているのである。
このようなご都合主義がまかり通るようでは、国民の文法レベルが疑われてしまう。
それを無批判に受け入れ、SE車から続いてきた愛称の統一性を問題にしない小田急ユーザーの思考回路も愚か極まりない。
10000系の愛称は「HSE車」とすべきだったのであり、登場後からでも「HSE車」に改称すべきだったなのである。
しかし、事はそう単純ではない。
10000系が引退したその年に、横浜DeNAベイスターズという球団が誕生し、全く同じ文法の誤りを犯したのである。
しかも、野球ファンに限らず日本国民は、DNAをディーエヌエーと読み、DeNAもディーエヌエーを読んで何の気持ち悪さも感じないようなのである。
この過ちはハイエスイーの比ではない、
決められた読み方はそのように読まなければならないのは当然といえば当然だが、何の違和感もなく世の中に定着してしまった状況を見ると、日本人の言語レベルもここまで堕ちたかと嘆息せざるを得ない。
ワタシダ
が
しました