開業60周年を記念するロマンスカーとして、1987年に営業運転を開始した小田急10000形(HiSE)。
小田急10000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
同時期に10041Fも竣功し、あさぎり号以外の特急は、前面展望席を備える車両だけで運行されるようになりました。
10061Fは川崎重工業で製造され、座席色は両端3両がブルー系、中間5両がレッド系となっています。
前面展望席については、最前部の通路側がブルー系、窓側がレッド系で、2列目以降は配置が交互となります。
日本車輌製造で造られた編成とは配色が逆で、同じ川崎重工業で製造された10021Fが同じ配色でした。
1次車との違いとして、先頭部分に設置されているドアの幅が若干広げられており、750mmとなっています。
運行開始後の変化はそこまで多くありませんが、外見上では5本の白いラインを入れていた部分が後に変更され、山百合のシンボルマークとなりました。
50000形(VSE)により置き換えられ、2005年に廃車となります。
竣功から廃車までは16年ほどしかなく、小田急での活躍は極めて短いものとなりました。
引退後には長野電鉄に譲渡され、1000系のS2編成となって活躍しています。
譲渡後の営業運転開始からも20年程度が経過し、そろそろ置き換えの声が聞こえつつあるようです。
※左側が新宿方
デハ10062:2次車
サハ10063:2次車
デハ10064:2次車
デハ10065:2次車
デハ10066:2次車
デハ10067:2次車
デハ10068:2次車
サハ10069:2次車
デハ10070:2次車
デハ10071:2次車
デハ10062:川崎重工業
サハ10063:川崎重工業
デハ10064:川崎重工業
デハ10065:川崎重工業
デハ10066:川崎重工業
デハ10067:川崎重工業
デハ10068:川崎重工業
サハ10069:川崎重工業
デハ10070:川崎重工業
デハ10071:川崎重工業
デハ10062:1989年7月7日
サハ10063:1989年7月7日
デハ10064:1989年7月7日
デハ10065:1989年7月7日
デハ10066:1989年7月7日
デハ10067:1989年7月7日
デハ10068:1989年7月7日
サハ10069:1989年7月7日
デハ10070:1989年7月7日
デハ10071:1989年7月7日
デハ10062:2005年8月12日
サハ10063:2005年8月12日
デハ10064:2005年8月12日
デハ10065:2005年8月12日
デハ10066:2005年8月12日
デハ10067:2005年8月12日
デハ10068:2005年8月12日
サハ10069:2005年8月12日
デハ10070:2005年8月12日
デハ10071:2005年8月12日
小田急10000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
10061Fの概要
1989年に竣功したHiSEの第4編成で、最終編成となっています。同時期に10041Fも竣功し、あさぎり号以外の特急は、前面展望席を備える車両だけで運行されるようになりました。
10061Fは川崎重工業で製造され、座席色は両端3両がブルー系、中間5両がレッド系となっています。
前面展望席については、最前部の通路側がブルー系、窓側がレッド系で、2列目以降は配置が交互となります。
日本車輌製造で造られた編成とは配色が逆で、同じ川崎重工業で製造された10021Fが同じ配色でした。
1次車との違いとして、先頭部分に設置されているドアの幅が若干広げられており、750mmとなっています。
運行開始後の変化はそこまで多くありませんが、外見上では5本の白いラインを入れていた部分が後に変更され、山百合のシンボルマークとなりました。
50000形(VSE)により置き換えられ、2005年に廃車となります。
竣功から廃車までは16年ほどしかなく、小田急での活躍は極めて短いものとなりました。
引退後には長野電鉄に譲渡され、1000系のS2編成となって活躍しています。
譲渡後の営業運転開始からも20年程度が経過し、そろそろ置き換えの声が聞こえつつあるようです。
編成表
デハ10061-デハ10062-サハ10063-デハ10064-デハ10065-デハ10066-デハ10067-デハ10068-サハ10069-デハ10070-デハ10071※左側が新宿方
製造区分
デハ10061:2次車デハ10062:2次車
サハ10063:2次車
デハ10064:2次車
デハ10065:2次車
デハ10066:2次車
デハ10067:2次車
デハ10068:2次車
サハ10069:2次車
デハ10070:2次車
デハ10071:2次車
製造所
デハ10061:川崎重工業デハ10062:川崎重工業
サハ10063:川崎重工業
デハ10064:川崎重工業
デハ10065:川崎重工業
デハ10066:川崎重工業
デハ10067:川崎重工業
デハ10068:川崎重工業
サハ10069:川崎重工業
デハ10070:川崎重工業
デハ10071:川崎重工業
竣功日
デハ10061:1989年7月7日デハ10062:1989年7月7日
サハ10063:1989年7月7日
デハ10064:1989年7月7日
デハ10065:1989年7月7日
デハ10066:1989年7月7日
デハ10067:1989年7月7日
デハ10068:1989年7月7日
サハ10069:1989年7月7日
デハ10070:1989年7月7日
デハ10071:1989年7月7日
廃車日
デハ10061:2005年8月12日デハ10062:2005年8月12日
サハ10063:2005年8月12日
デハ10064:2005年8月12日
デハ10065:2005年8月12日
デハ10066:2005年8月12日
デハ10067:2005年8月12日
デハ10068:2005年8月12日
サハ10069:2005年8月12日
デハ10070:2005年8月12日
デハ10071:2005年8月12日
10061Fの写真


コメント
コメント一覧 (2)
2200系列が富士急を席巻していた頃も同様である。
大月駅で何年ぶりかの再会を果たし、昔と変わらない座席に座ってみると、小学生の頃のことがリアルに思い出されたものだ。
しかしながら、長電の10000系には、何故かそこまでして乗りに行きたいと思わせる魅力がない。
小田急では少なくなった展望席に乗れるのに、鉄道ファンとしての血が騒がないのである。
長電はこの点、早急に対策をすべきである。
長電の10000系も引退が近いのであれば、最後は2600系ばりに旧塗装に戻し、全国の撮り鉄を殺到させてはどうか。
10000系に旧塗装など無いではないか、と考えるのは早計である。
3000系から7000系までの初代ロマンスカー塗装、真打の塗装にすれば良いのだ。
そもそも10000系は7000系を引っ張り込んで同じ塗装にさせた黒歴史があるのだから、今度は7000系に合わせて仁義を切っても罰は当たらないであろう。
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
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