未更新車の引退により、一時的に途絶えることとなった小田急の赤い1000形。
カラーリングは変わりましたが、2026年のダイヤ改正に合わせて復活し、箱根登山線内には華やかさが戻ってきたように思います。
ほぼ箱根登山線内を往復する日々を送る赤い1000形ですが、先代は2020年の夏に小田急全線を走り回り、沿線に明るい話題を提供しました。
既に5年以上が経過していることに驚かされますが、当時の思い出を振り返ってみたいと思います。
運用開始当初は、新松田駅まで走る列車も多く設定されていましたが、やがて小田原駅から箱根湯本駅間の列車に集約され、入出庫時以外は箱根登山線内から出てこなくなります。
ラッピングにより赤い1000形となって以降、各編成は4両単独で使用されることになりましたが、ラッシュ時等に分割併合が残っていた時期は、ダイヤ乱れの際に新宿駅まで顔を出すようなことがありました。
極めて珍しい事態ではあったものの、数回はあったと記憶しています。
それぐらい赤い1000形が新宿駅に顔を出したり、10両編成になることは珍しかったのですが、2020年8月の1ヶ月間は、定常的にそれが見られることとなりました。
台風の被害により、運転を見合わせていた箱根登山線の運転再開を記念するもので、通常仕様の6両と併結した10両が組まれることとなります。

全線走行に抜擢されたのは1059Fで、小田原方には1254Fが相方として抜擢されました。
運行期間は8月1日から31日までとされ、期間中に編成の変更はありません。
2020年といえば、コロナ禍が始まった年でもあり、様々な活動が制限される中で楽しい話題だったことを思い出します。
8月の期間中は、とにかく時間が作れる限り赤い1000形の撮影を行いました。
早朝や深夜に出かけることもあり、今思えば自分でも驚くほど精力的に動いていたと思います。
さすがに月の後半になると失速しましたが、あんなにカメラを構えた1ヶ月は久々のことでした。
全線走行の期間中、赤い1000形はほぼ休むことなく走り続けました。
1日中休むような運用には入らず、極力小田急も走らせるようにしていたのだと思います。
片瀬江ノ島駅を含め、小田急線内全体を走り回っていたため、様々な姿を見ることができました。
多種多様な種別での活躍も見られましたが、4回だけ充当された通勤急行が話題を集めていたように思います。
平日だけという悪条件も重なり、撮影者はそこまで多くなかったようにも思いました。
悔やまれることがあるとすれば、コロナ禍という時期だったことでしょうか。
人が集まる場所を避ける、遠出はしにくいといった前提があり、残せた記録には限りもあります。
復活した今の赤い1000形は、併結しての運用ができなくなっていることから、このようなイベント走行は二度とないかもしれませんね。
振り返ると楽しかったなと思い出す一方で、あの日から5年以上が経過しているという事実に驚く部分もありました。
カラーリングは変わりましたが、2026年のダイヤ改正に合わせて復活し、箱根登山線内には華やかさが戻ってきたように思います。
ほぼ箱根登山線内を往復する日々を送る赤い1000形ですが、先代は2020年の夏に小田急全線を走り回り、沿線に明るい話題を提供しました。
既に5年以上が経過していることに驚かされますが、当時の思い出を振り返ってみたいと思います。
小田急全線を走った赤い1000形
箱根登山線内を走る車両であることを分かりやすくするため、2009年から赤い1000形が走るようになりました。運用開始当初は、新松田駅まで走る列車も多く設定されていましたが、やがて小田原駅から箱根湯本駅間の列車に集約され、入出庫時以外は箱根登山線内から出てこなくなります。
ラッピングにより赤い1000形となって以降、各編成は4両単独で使用されることになりましたが、ラッシュ時等に分割併合が残っていた時期は、ダイヤ乱れの際に新宿駅まで顔を出すようなことがありました。
極めて珍しい事態ではあったものの、数回はあったと記憶しています。
それぐらい赤い1000形が新宿駅に顔を出したり、10両編成になることは珍しかったのですが、2020年8月の1ヶ月間は、定常的にそれが見られることとなりました。
台風の被害により、運転を見合わせていた箱根登山線の運転再開を記念するもので、通常仕様の6両と併結した10両が組まれることとなります。

全線走行に抜擢されたのは1059Fで、小田原方には1254Fが相方として抜擢されました。
運行期間は8月1日から31日までとされ、期間中に編成の変更はありません。
ほぼ休みなく走った赤い1000形
事前に告知されていたとおり、赤い1000形は8月1日より10両編成での運用に入りました。2020年といえば、コロナ禍が始まった年でもあり、様々な活動が制限される中で楽しい話題だったことを思い出します。
8月の期間中は、とにかく時間が作れる限り赤い1000形の撮影を行いました。
早朝や深夜に出かけることもあり、今思えば自分でも驚くほど精力的に動いていたと思います。
さすがに月の後半になると失速しましたが、あんなにカメラを構えた1ヶ月は久々のことでした。
全線走行の期間中、赤い1000形はほぼ休むことなく走り続けました。
1日中休むような運用には入らず、極力小田急も走らせるようにしていたのだと思います。
片瀬江ノ島駅を含め、小田急線内全体を走り回っていたため、様々な姿を見ることができました。
多種多様な種別での活躍も見られましたが、4回だけ充当された通勤急行が話題を集めていたように思います。
平日だけという悪条件も重なり、撮影者はそこまで多くなかったようにも思いました。
悔やまれることがあるとすれば、コロナ禍という時期だったことでしょうか。
人が集まる場所を避ける、遠出はしにくいといった前提があり、残せた記録には限りもあります。
復活した今の赤い1000形は、併結しての運用ができなくなっていることから、このようなイベント走行は二度とないかもしれませんね。
おわりに
普段は箱根登山線内を往復している車両が、小田急全線を走り回るという1ヶ月間は、とにかく楽しい時間だったように思います。振り返ると楽しかったなと思い出す一方で、あの日から5年以上が経過しているという事実に驚く部分もありました。


コメント
コメント一覧 (10)
江ノ島線は藤沢駅でスイッチバックになるので赤1000は片瀬江ノ島駅ホーム寄りでした。
ワタシダ
が
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ワタシダ
が
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京王線の緑の高尾山トレインのように。
ワタシダ
が
しました
そんな中で行なわれた赤い電車の全線での運転でしたが、あの赤い色は登山電車の復活の烽火のように見えました。
コロナ禍はその後もまだまだ続きましたが、現在では箱根はオーバーツーリズムが問題になるほどに観光客が戻り、登山電車やロマンスカーにも新型車両の導入が決まるなど明るい話題が重なるまでになりました。
今振り返ると、あの運転は単なる宣伝を超えて、箱根関係者や沿線民、小田急グループ社員に勇気や希望をもたらした大いに意義ある企画だったと私としては総括します。
ワタシダ
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酷い集まりの撮影者は皆無でしたので、周りの皆さんが本当に楽しく、笑顔になれました。
箱根登山鉄道(現小田急箱根)線全線開通を喜んでいました。暗い時代の唯一の明るい話題でした。
ワタシダ
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これが本当の入生田
ワタシダ
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4両でしか運用しないのに、号車表示は7〜10になっているのは、その為?と思いたいです!
ワタシダ
が
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ワタシダ
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ワタシダ
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