車齢が40年を超えつつある中で、現在も半数が現役で活躍している小田急の8000形。
4両と6両を繋いだ10両での運行を基本としていますが、異形式での併結や6両による単独での運行も見ることができます。
そんな8000形ですが、かつては4両を2本繋いだ8両での運行も見ることができました。
他形式よりも先行して消滅しましたが、それはなぜだったのでしょうか。
急行が8両だった時代には、異形式併結も多く存在しましたが、今回は各駅停車の8両化後に絞っていきたいと思います。
1988年から始まった各駅停車の8両運転は、4両を2本繋いだスタイルが基本でした。
当時は8両固定編成は存在しておらず、後に2600形の改造や1000形で登場することとなります。
新形式の1000形を用いて始まった8両運転ですが、2本を繋ぐスタイルの8両は、やがて他形式にも波及していきました。
最終的には、9000形、8000形、1000形の各形式で見られるようになり、8両固定編成の登場後も運用されます。
初期の段階においては、4000形や5000形でも事例があったと耳にしますが、代走や試験的なものだった可能性が高く、どうもはっきりとしません。

比較的少なかったのは、8000形による8両編成であり、9000形や1000形に比べれば目にする機会は限られました。
最終的には1本だけという状態まで減少し、2004年のダイヤ改正のタイミングで消滅します。
ダイヤ改正の初日には運用されたほか、その後も突発的に見られたと聞いたことがありますが、定期での運用はこのタイミングで消滅したといえるでしょう。
現在はVVVFインバーター制御となり、3000形等に見劣りしない性能の8000形ですが、リニューアルの前は界磁チョッパ制御の車両であり、性能は大きく異なっていました。
界磁チョッパ制御時代における8000形の起動加速度は、3.0km/h/sとなっていますが、これは6両編成の場合を示しているものと思われます。
8000形は4両と6両で電動車の比率が異なり、4両は2M2T、6両は4M2Tだったため、前者のほうが加速性能に余裕がありませんでした。
空転するケースも多かったように記憶しており、増粘着装置が設置されていた時期もあります。
4両を2本繋いでいた8両において、9000形と1000形は8000形と異なる前提がありました。
それは地下鉄直通用の車両であったことで、前者は全電動車という強力編成、後者はVVVFインバーター制御による余裕のある性能と、8000形とは前提が違っていた面があります。
こうした背景があり、加速特性の面で劣る8000形による8両は、最小限に抑えられていたものと思われます。
そして、他の形式よりも一足早く、8両の運用からは外されることとなりました。
4両の単独運用さえなくなってしまい、付属編成のような扱いで使われ、少々寂しい存在となってしまいました。
4両と6両を繋いだ10両での運行を基本としていますが、異形式での併結や6両による単独での運行も見ることができます。
そんな8000形ですが、かつては4両を2本繋いだ8両での運行も見ることができました。
他形式よりも先行して消滅しましたが、それはなぜだったのでしょうか。
昔は日常的に走っていた8000形の8両編成
現在は1000形でしか見られなくなりましたが、昔は他の形式でも4両を2本繋いだ8両が多く走っていました。急行が8両だった時代には、異形式併結も多く存在しましたが、今回は各駅停車の8両化後に絞っていきたいと思います。
1988年から始まった各駅停車の8両運転は、4両を2本繋いだスタイルが基本でした。
当時は8両固定編成は存在しておらず、後に2600形の改造や1000形で登場することとなります。
新形式の1000形を用いて始まった8両運転ですが、2本を繋ぐスタイルの8両は、やがて他形式にも波及していきました。
最終的には、9000形、8000形、1000形の各形式で見られるようになり、8両固定編成の登場後も運用されます。
初期の段階においては、4000形や5000形でも事例があったと耳にしますが、代走や試験的なものだった可能性が高く、どうもはっきりとしません。

比較的少なかったのは、8000形による8両編成であり、9000形や1000形に比べれば目にする機会は限られました。
最終的には1本だけという状態まで減少し、2004年のダイヤ改正のタイミングで消滅します。
ダイヤ改正の初日には運用されたほか、その後も突発的に見られたと聞いたことがありますが、定期での運用はこのタイミングで消滅したといえるでしょう。
8000形の8両編成における加速特性
他の形式よりも先行して、8両の運用から撤退した8000形ですが、当時における加速特性が影響したといわれています。現在はVVVFインバーター制御となり、3000形等に見劣りしない性能の8000形ですが、リニューアルの前は界磁チョッパ制御の車両であり、性能は大きく異なっていました。
界磁チョッパ制御時代における8000形の起動加速度は、3.0km/h/sとなっていますが、これは6両編成の場合を示しているものと思われます。
8000形は4両と6両で電動車の比率が異なり、4両は2M2T、6両は4M2Tだったため、前者のほうが加速性能に余裕がありませんでした。
空転するケースも多かったように記憶しており、増粘着装置が設置されていた時期もあります。
4両を2本繋いでいた8両において、9000形と1000形は8000形と異なる前提がありました。
それは地下鉄直通用の車両であったことで、前者は全電動車という強力編成、後者はVVVFインバーター制御による余裕のある性能と、8000形とは前提が違っていた面があります。
こうした背景があり、加速特性の面で劣る8000形による8両は、最小限に抑えられていたものと思われます。
そして、他の形式よりも一足早く、8両の運用からは外されることとなりました。
おわりに
リニューアルを終えた後も、8000形の8両編成が復活することはなく、それを行わないことが前提の装備となっています。4両の単独運用さえなくなってしまい、付属編成のような扱いで使われ、少々寂しい存在となってしまいました。


コメント
コメント一覧 (20)
普段は2600の準急が多かったですが、突発的なのか、新宿方4000+ 5000の8 連準急に何度が乗りました。うち1 回は、貴重な快速表示を連結面に掲示して走っていました。
ワタシダ
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全然通しで10両の急行の増加や分割併合の削減などで付属編成が必要となり、8000形については10両優等運用に戻っていったものと思われます。
ワタシダ
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そして、この4両編成をつないだ8両編成を走らせ、快速急行と特急との間に新設する準特急に充当すべきである。
2300形と2320形は既に廃車となっており、廃車後に生まれた者は、その電車に乗ることができなくなってしまう。
しかし人間がたまたま生まれる時期によって、是非とも乗車すべき名車に乗れなくなるのは不公平であり、名車と乗り鉄の双方にとって多大な損失であることから、鉄道会社は積極的に復刻を進めるべきである。
色々な問題はあると思われるが、現代の技術をもってすれば不可能とは言えまい。
小田急電鉄は今こそファンの声に耳を傾けるべきである。
ワタシダ
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逆に、9000形は8連だと全電動車になるため加速度が良好で各停には重宝されましたね。
京急も、700形は3連だと冷房が使用できなくなることもあり2M2Tで運用されましたが、本線では使いにくく、末期は大師線で活躍しました。
電動車比率低いと、やはりなんといっても起動加速度が低下し、加速が鈍くなるんですね。最高速度はほとんど変わりませんが。
ワタシダ
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編成は4連の場合TcMMTcですので、8連にするとTcMMTcTcMMTcとなり、4M4T編成になります。そうすると、2ユニット運転ではありますが、片方のユニット(MM)が故障すると、一気に2M6Tになってしまうばかりか、MMが結構な死重になってしまうので、1ユニットでの「押し上げ」が、例えば代々木八幡から代々木上原への29パーミル勾配では無理っぽいというような問題があったものと思われます。
雪の日に5000+8000の10連が5000を前に急行で運転中車と衝突し、5000が自走できなくなった時、東北沢駅にあった渡り線を使って折返し、新宿まで行かなかったのは、8000のM車だけの4M6T状態で、レールが濡れている代々木上原への勾配を上る自信が無かったためかもしれません。
旧5000の4連×2も登場当初はさかんに行われたようですが、その後行われなくなったのは同じような理由と思います。
ワタシダ
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ワタシダ
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ワタシダ
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この8両運用では区間準急に使用されたこともありましたが、リニューアル後に新宿方の電気連結器が撤去されており(都心側区間の各停運用への再登板は結局複々線化後の2019年まで待つことになりました)、これはその後も現在に至るまで優等列車を中心とした運用に使用されることを意味しとるのでしょう。
4両単独運用についても、ブレーキ読替装置やOM-ATS、そして現在の箱根登山線における運用数の関係で実現しておりませんが、引退前には小田原線末端部だけでも良いのでその姿を見せてもらいたいものですね。
ワタシダ
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○多分加速面で1000形や2000形、3000形8両に比べ不利だった
○先代4000形や5000形、9000形等4両が廃車なっていき、4両が不足してしまうので、3000形8両を増備して8000形4両を優等運用に回した
のかな?と思います。因みに9000形4+4両はオールM車でしたが乗務員から操作面に於いて扱いづらいと言われていたようですね。
ワタシダ
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