開業60周年を記念するロマンスカーとして、1987年に営業運転を開始した小田急10000形(HiSE)。
小田急10000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
10041Fは第3編成となっており、同時期に竣功した10061Fも加わったことで、あさぎり号以外は前面展望席を備える車両のみでの運行となりました。
1次車の10001Fに続き、10041Fは日本車輌製造が製造を担当した編成で、座席色の組み合わせは同様となっています。
両端3両がレッド系、中間5両がブルー系とされ、前面展望席の座席色は、最前部の通路側がレッド系、窓側がブルー系で、2列目以降は配置が交互とされました。
10041Fからの仕様変更点としては、先頭部分に設置されているドアの幅が若干広げられており、750mmとなっています。
その他には、座席に備えられるテーブル等に仕様の違いがありました。
50000形(VSE)のデビューにより、多くのHiSEが運用を外れましたが、10041Fのみは運行を継続することとなります。
後に10001Fが運用に復帰するまで、1年ほどは唯一の存在となっていました。
最前線での活躍を続けたものの、2011年に廃車となり、全車両が解体されています。
※左側が新宿方
デハ10042:2次車
サハ10043:2次車
デハ10044:2次車
デハ10045:2次車
デハ10046:2次車
デハ10047:2次車
デハ10048:2次車
サハ10049:2次車
デハ10050:2次車
デハ10051:2次車
デハ10042:日本車輌製造
サハ10043:日本車輌製造
デハ10044:日本車輌製造
デハ10045:日本車輌製造
デハ10046:日本車輌製造
デハ10047:日本車輌製造
デハ10048:日本車輌製造
サハ10049:日本車輌製造
デハ10050:日本車輌製造
デハ10051:日本車輌製造
デハ10042:1989年6月24日
サハ10043:1989年6月24日
デハ10044:1989年6月24日
デハ10045:1989年6月24日
デハ10046:1989年6月24日
デハ10047:1989年6月24日
デハ10048:1989年6月24日
サハ10049:1989年6月24日
デハ10050:1989年6月24日
デハ10051:1989年6月24日
デハ10042:2011年6月17日
サハ10043:2011年6月17日
デハ10044:2011年6月17日
デハ10045:2011年6月17日
デハ10046:2011年6月17日
デハ10047:2011年6月17日
デハ10048:2011年6月17日
サハ10049:2011年6月17日
デハ10050:2011年6月17日
デハ10051:2011年6月17日
小田急10000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
10041Fの概要
HiSEの2次車として、1989年に竣功した編成です。10041Fは第3編成となっており、同時期に竣功した10061Fも加わったことで、あさぎり号以外は前面展望席を備える車両のみでの運行となりました。
1次車の10001Fに続き、10041Fは日本車輌製造が製造を担当した編成で、座席色の組み合わせは同様となっています。
両端3両がレッド系、中間5両がブルー系とされ、前面展望席の座席色は、最前部の通路側がレッド系、窓側がブルー系で、2列目以降は配置が交互とされました。
10041Fからの仕様変更点としては、先頭部分に設置されているドアの幅が若干広げられており、750mmとなっています。
その他には、座席に備えられるテーブル等に仕様の違いがありました。
50000形(VSE)のデビューにより、多くのHiSEが運用を外れましたが、10041Fのみは運行を継続することとなります。
後に10001Fが運用に復帰するまで、1年ほどは唯一の存在となっていました。
最前線での活躍を続けたものの、2011年に廃車となり、全車両が解体されています。
編成表
デハ10041-デハ10042-サハ10043-デハ10044-デハ10045-デハ10046-デハ10047-デハ10048-サハ10049-デハ10050-デハ10051※左側が新宿方
製造区分
デハ10041:2次車デハ10042:2次車
サハ10043:2次車
デハ10044:2次車
デハ10045:2次車
デハ10046:2次車
デハ10047:2次車
デハ10048:2次車
サハ10049:2次車
デハ10050:2次車
デハ10051:2次車
製造所
デハ10041:日本車輌製造デハ10042:日本車輌製造
サハ10043:日本車輌製造
デハ10044:日本車輌製造
デハ10045:日本車輌製造
デハ10046:日本車輌製造
デハ10047:日本車輌製造
デハ10048:日本車輌製造
サハ10049:日本車輌製造
デハ10050:日本車輌製造
デハ10051:日本車輌製造
竣功日
デハ10041:1989年6月24日デハ10042:1989年6月24日
サハ10043:1989年6月24日
デハ10044:1989年6月24日
デハ10045:1989年6月24日
デハ10046:1989年6月24日
デハ10047:1989年6月24日
デハ10048:1989年6月24日
サハ10049:1989年6月24日
デハ10050:1989年6月24日
デハ10051:1989年6月24日
廃車日
デハ10041:2011年6月17日デハ10042:2011年6月17日
サハ10043:2011年6月17日
デハ10044:2011年6月17日
デハ10045:2011年6月17日
デハ10046:2011年6月17日
デハ10047:2011年6月17日
デハ10048:2011年6月17日
サハ10049:2011年6月17日
デハ10050:2011年6月17日
デハ10051:2011年6月17日
10041Fの写真


コメント
コメント一覧 (3)
ワタシダ
が
しました
これは番号の振り方としては非常に洗練されている。
ロマンスカー3100系は原始的な追番であったが、7000系は編成ごとに下一桁の数字が揃っている。
ところが、10000系は再び追番に戻ってしまった。
これは全く評価できない。
1番、2番、3番と数字を並べることならば小学生でもできる。
昔に逆戻りしてしまうとは、理解に苦しむ。
7000系でできたことが10000系でできない理由は、どうやら数字が5桁になった点にありそうである。
しかし、それならば小田急はもっと知恵を絞り、下一桁は何としても同じ数字を揃えるべきであった。
既に廃車になっているとは言え、今からでも改番できないものだろうか。
ワタシダ
が
しました