沿線人口が急増する時期に大量増備され、最盛期には29編成の勢力を誇った小田急の2400形。
不足する輸送力を補うべく、短期間で一気に増備を進める必要があったため、2200形等と比較して経済性に重点が置かれて設計されました。

2400形は小田急が大型車へと移行する直前の形式ですが、先頭車と中間車で車体の長さが極端に異なるという、かなり不思議な仕様となっています。
車体の長さは3m以上も異なりますが、なぜそのような車両となったのでしょうか。

経済性を重視した苦肉の策

カルダン駆動方式と電磁直通ブレーキを採用し、2200形から高性能車の時代に突入した小田急ですが、沿線人口が急増する時期を迎えたことで、車両を大量に増備する必要に迫られました。
2200形からスタートした高性能車は、性能面では申し分がない存在だったものの、全電動車方式の採用によりコスト面に欠点を抱えており、これを解決するために2400形を新たに造ることとなります。

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写真提供:小田急指令掛川

1959年に竣功し、1960年に運行を開始した2400形は、2220形に続いて4両編成での増備となりました。
その後に登場する2600形等の大型車と比較して、一回り小さな車体であることは同様であるものの、全電動車方式ではない制御車を含んだ編成となっています。

2M2Tという経済性を重視した編成とするため、2400形では大容量のモーターを採用することとなりましたが、ここで一つ問題が生じました。
2200形と同等の性能を確保するためには、電動車に重量を集める必要がありましたが、当時の小田急で標準となっている17.5mの車体では、空転を防止するだけの重さとすることは困難ということが判明します。
さらに、編成全体での重量が重くなりすぎることも避ける必要があり、単純に電動車を重くすれば解決するという問題でもありませんでした。

このような制約の中で、2M2Tという経済性を実現するため、2400形は先頭車と中間車の長さを極端に変え、重量を電動車に集めるという苦肉の策を採用します。
台車等の設計も別になっており、極端に重い電動車と軽い制御車という、ややアンバランスともいえるような編成構成となっています。
先頭車を約16m、中間車を約19mとした不思議な車両は、こうして誕生することとなりました。

使い勝手を考慮した上手な設計

先頭車と中間車の長さを変えることで、なんとか経済性を実現できることになりましたが、2400形は使い勝手の面でも上手な設計がされています。
極端に車体の長さが違いながらも、ドアの位置は17.5mの車体と合わせられており、編成の全長も揃えられていました。

ドアの位置を合わせるため、先頭車の車端部は戸袋窓となっており、これもまた設計上の制約によるものだったことになります。
車両を横から見ると、ドアや窓の配置が均等になっていることが分かり、車体の切る位置をずらしたようになっていました。

従来の車両と配置を揃えたことで、併結して使用することにも制限がなく、2400形は効率的に運用することが可能な車両に仕上がっています。
設計上の制限が影響した部分があるとすれば、組み替え等で6両化等をできなかったことですが、ABFM車が増結車両の役割を担っていたこともあり、その必要がなかったのは幸いだったのかもしれません。



写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。

おわりに

技術的な制約により、先頭車と中間車で異なる長さの車体を採用した2400形。
モーターを4000形に転用したことも理由ですが、比較的浅い経年で廃車となりながらも、車体の特殊性が災いしたのか、地方私鉄等への譲渡は1両もありませんでした。