戦後の混乱期に国鉄の63形を割り当てられ、改造を重ねつつ長く活躍した小田急の1800形。
小田急1800形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
当時は大東急の時代で、厚木線は現在の相鉄本線でした。
厚木線の経営委託が解除されることに伴い、1803Fは1947年7月1日に小田急へと返却されています。
戦時設計の粗悪な部分を中心に、適宜改良を行いつつ運用されましたが、最終的には台枠を流用して全金属製車体に更新されました。
更新後も切妻のデザインは維持されましたが、前面は小田急の標準的なスタイルへと変わっています。
その後も細部の改良を行いつつ、大きな車体を活かして運用され、晩年は1804Fと半固定編成化されました。
この対応により、先頭に出るのは基本的にデハ1803のみとなり、後に方向幕の自動化等が行われています。
1979年の廃車後は秩父鉄道に渡り、800系として活躍しました。
秩父鉄道での廃車後、一部は車体が利用されたりしていますが、1803Fは解体されています。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
※左側が新宿方
クハ1853:日本車輌製造(東京支店)
クハ1853:モハ63317
クハ1853:調査中
クハ1853:1979年7月30日

写真提供:小田急指令掛川様
小田急1800形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
1803Fの概要
初期の2編成から少し遅れて入線し、厚木線に貸与されて運用を開始した編成です。当時は大東急の時代で、厚木線は現在の相鉄本線でした。
厚木線の経営委託が解除されることに伴い、1803Fは1947年7月1日に小田急へと返却されています。
戦時設計の粗悪な部分を中心に、適宜改良を行いつつ運用されましたが、最終的には台枠を流用して全金属製車体に更新されました。
更新後も切妻のデザインは維持されましたが、前面は小田急の標準的なスタイルへと変わっています。
その後も細部の改良を行いつつ、大きな車体を活かして運用され、晩年は1804Fと半固定編成化されました。
この対応により、先頭に出るのは基本的にデハ1803のみとなり、後に方向幕の自動化等が行われています。
1979年の廃車後は秩父鉄道に渡り、800系として活躍しました。
秩父鉄道での廃車後、一部は車体が利用されたりしていますが、1803Fは解体されています。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
編成表
デハ1803-クハ1853※左側が新宿方
製造所
デハ1803:川崎車輛クハ1853:日本車輌製造(東京支店)
旧番号(日本国有鉄道)
デハ1803:モハ63064クハ1853:モハ63317
運用開始日
デハ1803:調査中クハ1853:調査中
廃車日
デハ1803:1979年7月30日クハ1853:1979年7月30日
1803Fの写真

写真提供:小田急指令掛川様


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