2M2Tの経済的な電動車比率を実現し、急増する利用者に対応するための大量増備を可能とした小田急2400形。
先頭車と中間車で車体の長さが極端に異なる点が面白く、大型車に統一されるまでの輸送を支えました。
そんな2400形ですが、中間車の床下には大量の主抵抗器が並び、台車と台車の間を埋め尽くすほどでした。
ここまでの量はなかなか見ませんが、なぜこのような姿となったのでしょうか。
搭載するのは小田原寄りに位置するM2で、偶数車の山側ということになります。

写真提供:小田急指令掛川様
大量の主抵抗器は、床下のほぼ全体を埋めている状態で、その数は12基にも及びました。
2400形の編成中で、このような姿をしているのはM2のみで、夏は床下から熱が上がってきたとよく語られています。
裏側に4台の送風機があり、それを使用して冷却を行う仕組みとなっています。
インパクトがある大量の主抵抗器ですが、気になるのはなぜ2400形だけがこのようになっていたのかという点です。
小田急の歴史において、発電制動の車両は他にもありましたが、なぜ違いがあったのでしょうか。
まず、発電制動といえば初の高性能車となったABFM車が頭に浮かびます。
2両を1ユニットとする点も同じですが、このような主抵抗器は見られません。
ABFM車の主抵抗器は、奇数車の床下に搭載されていましたが、2400形とは異なり中央部にありました。
そのため、外見上は見えにくい状態となっており、2400形ほどは目立ちませんでした。
全電動車方式でもあったため、発熱量も2400形ほどではなかったのでしょう。
発電制動を搭載した小田急の通勤型車両は、他に5000形と9000形がありましたが、こちらも2400形のような床下ではありませんでした。
理由は強制通風式が採用されていたことで、ブロワーファンを用いて文字どおり強制的に冷却を行います。
音がうるさいという欠点はあるものの、カバーができるというメリットもあり、2400形のような外見にはなりませんでした。
モーターを流用した4000形にも、2400形のような主抵抗器は見られませんでした。
4000形は電気制動自体を使っていないため、2400形のような主抵抗器が不要だったことによるものですが、その分をディスクブレーキによってカバーしています。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
その後は強制通風式に移行してしまったため、2400形にのみ見られる姿となりました。
先頭車と中間車で車体の長さが極端に異なる点が面白く、大型車に統一されるまでの輸送を支えました。
そんな2400形ですが、中間車の床下には大量の主抵抗器が並び、台車と台車の間を埋め尽くすほどでした。
ここまでの量はなかなか見ませんが、なぜこのような姿となったのでしょうか。
2400形の床下に並んだ主抵抗器
車体が長い2400形の中間車ですが、床下には大量の主抵抗器が並んでいました。搭載するのは小田原寄りに位置するM2で、偶数車の山側ということになります。

写真提供:小田急指令掛川様
大量の主抵抗器は、床下のほぼ全体を埋めている状態で、その数は12基にも及びました。
2400形の編成中で、このような姿をしているのはM2のみで、夏は床下から熱が上がってきたとよく語られています。
半強制通風式の発電制動
大量に並ぶ主抵抗器は、自然通風式のようにも見えますが、実際は半強制通風式と呼ばれるものでした。裏側に4台の送風機があり、それを使用して冷却を行う仕組みとなっています。
インパクトがある大量の主抵抗器ですが、気になるのはなぜ2400形だけがこのようになっていたのかという点です。
小田急の歴史において、発電制動の車両は他にもありましたが、なぜ違いがあったのでしょうか。
まず、発電制動といえば初の高性能車となったABFM車が頭に浮かびます。
2両を1ユニットとする点も同じですが、このような主抵抗器は見られません。
ABFM車の主抵抗器は、奇数車の床下に搭載されていましたが、2400形とは異なり中央部にありました。
そのため、外見上は見えにくい状態となっており、2400形ほどは目立ちませんでした。
全電動車方式でもあったため、発熱量も2400形ほどではなかったのでしょう。
発電制動を搭載した小田急の通勤型車両は、他に5000形と9000形がありましたが、こちらも2400形のような床下ではありませんでした。
理由は強制通風式が採用されていたことで、ブロワーファンを用いて文字どおり強制的に冷却を行います。
音がうるさいという欠点はあるものの、カバーができるというメリットもあり、2400形のような外見にはなりませんでした。
モーターを流用した4000形にも、2400形のような主抵抗器は見られませんでした。
4000形は電気制動自体を使っていないため、2400形のような主抵抗器が不要だったことによるものですが、その分をディスクブレーキによってカバーしています。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
おわりに
2400形の特徴でもあった、大量に並んだ床下の主抵抗器。その後は強制通風式に移行してしまったため、2400形にのみ見られる姿となりました。


コメント
コメント一覧 (14)
ワタシダ
が
しました
ABFMに似つつもどこか違う独特の音を鳴らしていました
全盛期は急行運用で乗車する機会が多かったせいで爆音車両のイメージでしたが晩年になり違った側面を知れたことはいい思い出です
ワタシダ
が
しました
夏場の抵抗器からの排熱は半端ない暑さでした。
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
藤沢の1番ホームに停車中、ホームが古くからの構造で抵抗器の前に壁が有る状態となり、抵抗器の放つ熱の逃げ場が無い為、車両とホームの隙間から浮かび上がり、偶数車デハのホーム側は凄かった記憶が有り、スイッチバック構造に伴う停車時間が比較的長めと云う事も相まって、昨今の異常とも云える夏の暑さの中の出来事だとしたら、少しゾッとします。
※冷却方式が完全に自然冷却だと思っていたのが、裏側に冷却ファンが設置されていたと云うのは初耳でした。又、添付画像のステッカーが丸型になっていたのが以外でした(個人的には一つ前の楕円ステッカーで全廃だと思っていましたので…)。
ワタシダ
が
しました
あの武骨な抵抗器はとにかく鉄の塊のようで、壮観と言えば壮観でしたが、ハイエコノミカルカーのイメージには全く合っていませんでした。
結局、2600系には流れでNHE車という愛称が付けられましたが、その後は通勤車両に愛称が付けられることはなくなりました。
その原因がHE車の名称のミスマッチにあったとすれば、2400系の抵抗器はその後の全ての通勤車両、すなわち令和の5000系にまで影響を与えていると言えそうです。
ワタシダ
が
しました
主電動機は初代4000形に転用されましたが、制御装置はたしか吊り掛け駆動時代のものを流用し発電制動を省略したため、2400形の大型制御装置は転用されませんでしたね。
高性能化された初代4000形でも、5000形並にまでは高性能化できなかった…箱根登山線乗り入れ不可でしたからね。
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
私が社会人となった昭和の最末期、営団地下鉄(現 東京メトロ)東西線をよく利用しました。
その頃走っていたのは5000系でしたが、いつも乗降の際にドアとホームの隙間から、熱風がモワーッと吹きあがってきました。顔を直接噴かされた時のあの不快感、いまだに忘れられません。
その嫌いだった営団5000系も、引退してしまった今となっては懐かしさを感じるばかりです。
ワタシダ
が
しました
そんな中で床下に並ぶ大量の抵抗器を写真で見ると2400形をはじめとしたバーニア制御装置ならではの特徴と言えるでしょう(小田急の通勤型車両は三菱製の制御装置を搭載しとりますが、他社では日立製のものもあり、2400形みたく抵抗器がずらりと並ぶ姿も見られたりします。)。
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました