1999年から2004年まで設定され、5年半ほどで消滅した小田急のサポート号。
あしがら号とさがみ号を統合し、途中駅の停車パターンを複数とした列車でしたが、設定当初からあまり評判がよくなかったようで、さがみ号の復活に合わせて廃止されました。

初めて設定された1999年7月17日のダイヤ改正において、サポート号はどれぐらいの本数だったのでしょうか。
今回は平日編として、運行されていた列車を確認してみたいと思います。
EXEの場合、必然的にえのしま号と併結している列車も多くなり、サポえの等と呼ばれていたことを思い出します。
早速ですが、平日におけるサポート号の設定について、下り列車から確認してみたいと思います。
当時は複々線となっている区間も限られており、多くの列車を待避させつつ運行されていました。
平日の下り列車におけるサポート号の設定は以下のとおりで、新宿駅の発車時刻を記載しつつ、途中駅から出発する列車は括弧で補足しています。
サポート1号:7時
サポート3号:7時30分
サポート7号:9時10分(本厚木)
サポート・えのしま9号:8時50分
サポート11号:9時55分(町田)
サポート・えのしま13号:9時45分
サポート65号:10時40分
サポート・えのしま15号:11時10分
サポート69号:11時40分
サポート・えのしま17号:12時10分
サポート・えのしま19号:13時10分
サポート・えのしま21号:14時10分
サポート・えのしま23号:15時10分
サポート85号:15時40分
サポート・えのしま25号:16時10分
サポート89号:16時40分
サポート・えのしま27号:17時10分
サポート43号:17時30分
合計18本のサポート号が設定されており、半分にあたる9本がえのしま号との併結列車でした。
65号、69号、85号については不定期列車で、時期によっては運休とされています。
下り列車については、18時以降が全てホームウェイ号となるため、17時30分発のサポート43号が最終となっていました。
余談ですが、ホームウェイ号もサポート号と同時に登場しており、カタカナの愛称が増加したダイヤ改正となっています。
下り列車とは異なり、ホームウェイ号の設定はありませんが、本数はどの程度の差があったのでしょうか。
平日の上り列車におけるサポート号の設定は以下のとおりで、新宿駅の到着時刻を記載しています。
サポート60号:6時34分
サポート62号:7時5分
サポート76号:9時29分
サポート2号:10時18分
サポート56号:10時58分
サポート58号:11時30分
サポート・えのしま10号:12時14分
サポート・えのしま14号:12時59分
サポート・えのしま16号:13時59分
サポート・えのしま18号:14時59分
サポート74号:15時28分
サポート・えのしま20号:15時57分
サポート78号:16時29分
サポート・えのしま22号:16時59分
サポート32号:17時39分
サポート34号:18時17分
サポート・えのしま24号:18時36分
サポート34号:18時46分
サポート・えのしま24号:19時3分
サポート38号:19時17分
サポート40号:19時49分
サポート・えのしま28号:20時6分
サポート42号:20時15分
サポート94号:20時36分
サポート44号:20時43分
サポート46号:21時16分
サポート・えのしま48号:21時50分
サポート50号:22時19分
結果はこのようになり、合計28本ものサポート号が設定されていました。
えのしま号との併結列車は10本で、58号、74号、78号は不定期列車とされています。
現在とは異なり、朝のラッシュ時にロマンスカーの設定はなかったため、2時間以上の空白時間がありました。
複々線が完成したことが、朝のラッシュ時を変えたことが分かりますね。
この時期の小田急は、種別や愛称の新設に熱心であり、複々線化を進めつつ攻めの試行錯誤が見られたように思います。
あしがら号とさがみ号を統合し、途中駅の停車パターンを複数とした列車でしたが、設定当初からあまり評判がよくなかったようで、さがみ号の復活に合わせて廃止されました。

初めて設定された1999年7月17日のダイヤ改正において、サポート号はどれぐらいの本数だったのでしょうか。
今回は平日編として、運行されていた列車を確認してみたいと思います。
下り列車におけるサポート号の設定
平日こそ主役といえそうなサポート号は、30000形(EXE)での運行を中心としつつ、7000形(LSE)等の前面展望席を備えた車両も充当されました。EXEの場合、必然的にえのしま号と併結している列車も多くなり、サポえの等と呼ばれていたことを思い出します。
早速ですが、平日におけるサポート号の設定について、下り列車から確認してみたいと思います。
当時は複々線となっている区間も限られており、多くの列車を待避させつつ運行されていました。
平日の下り列車におけるサポート号の設定は以下のとおりで、新宿駅の発車時刻を記載しつつ、途中駅から出発する列車は括弧で補足しています。
サポート1号:7時
サポート3号:7時30分
サポート7号:9時10分(本厚木)
サポート・えのしま9号:8時50分
サポート11号:9時55分(町田)
サポート・えのしま13号:9時45分
サポート65号:10時40分
サポート・えのしま15号:11時10分
サポート69号:11時40分
サポート・えのしま17号:12時10分
サポート・えのしま19号:13時10分
サポート・えのしま21号:14時10分
サポート・えのしま23号:15時10分
サポート85号:15時40分
サポート・えのしま25号:16時10分
サポート89号:16時40分
サポート・えのしま27号:17時10分
サポート43号:17時30分
合計18本のサポート号が設定されており、半分にあたる9本がえのしま号との併結列車でした。
65号、69号、85号については不定期列車で、時期によっては運休とされています。
下り列車については、18時以降が全てホームウェイ号となるため、17時30分発のサポート43号が最終となっていました。
余談ですが、ホームウェイ号もサポート号と同時に登場しており、カタカナの愛称が増加したダイヤ改正となっています。
上り列車におけるサポート号の設定
ここからは上り列車について確認していきたいと思います。下り列車とは異なり、ホームウェイ号の設定はありませんが、本数はどの程度の差があったのでしょうか。
平日の上り列車におけるサポート号の設定は以下のとおりで、新宿駅の到着時刻を記載しています。
サポート60号:6時34分
サポート62号:7時5分
サポート76号:9時29分
サポート2号:10時18分
サポート56号:10時58分
サポート58号:11時30分
サポート・えのしま10号:12時14分
サポート・えのしま14号:12時59分
サポート・えのしま16号:13時59分
サポート・えのしま18号:14時59分
サポート74号:15時28分
サポート・えのしま20号:15時57分
サポート78号:16時29分
サポート・えのしま22号:16時59分
サポート32号:17時39分
サポート34号:18時17分
サポート・えのしま24号:18時36分
サポート34号:18時46分
サポート・えのしま24号:19時3分
サポート38号:19時17分
サポート40号:19時49分
サポート・えのしま28号:20時6分
サポート42号:20時15分
サポート94号:20時36分
サポート44号:20時43分
サポート46号:21時16分
サポート・えのしま48号:21時50分
サポート50号:22時19分
結果はこのようになり、合計28本ものサポート号が設定されていました。
えのしま号との併結列車は10本で、58号、74号、78号は不定期列車とされています。
現在とは異なり、朝のラッシュ時にロマンスカーの設定はなかったため、2時間以上の空白時間がありました。
複々線が完成したことが、朝のラッシュ時を変えたことが分かりますね。
おわりに
はこね号を補完する列車として設定されながらも、短命に終わってしまったサポート号。この時期の小田急は、種別や愛称の新設に熱心であり、複々線化を進めつつ攻めの試行錯誤が見られたように思います。


コメント
コメント一覧 (14)
需要無いのに走らせるのは海老名からの送り込みを兼ねてのことでしょうけど。
今や新宿発の朝7時台に箱根はおろか小田原すら行かない伊勢原止まりが設定された事を考えると時代は変わったなと思います。
平日10時前には本厚木始発新宿行のさがみ号もありました。今は9時〜12時台の新宿行は6両運転ということもありかなり混んでいますから、途中駅発のがあれば重宝します。
現行のさがみ号をさらに区分する意味で、あしがら号の復活を望みます。
新宿〜町田、相模大野、本厚木、伊勢原、秦野はさがみ号、
小田原まで行くのはあしがら号。
ワタシダ
が
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さがみ、あしがら、のような沿線に因んだ名称や愛称がロマンスカーに華を添えるんだと思います。
ホームウェイも何だか軽いというか、どこにでもありそうな感じがします。
ムーンライトさがみ、スターライトあしがら、ホームウェイはこね…これはこれでダサいか…
ワタシダ
が
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ワタシダ
が
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とはいえ、民鉄の看板特急の列車名としてはいかがなものか、とは個人的に思いました。
(このため「さがみ」復活は歓迎だったのですが、EXEやMSEを使った「はこね」の後ろ4両は小田原どまりとなるので「さがみ」としても良かったのでは、と思います)
ワタシダ
が
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ワタシダ
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当時の広報誌などでは、沿線利用者の買い物や通勤通学をサポートする列車として盛んにPRされていましたが、列車愛称としては少々説明的で、安直なネーミングに感じていました。夢のある乗り物が、生活商品のようになってしまった印象で興醒めでした。
ちょうど3100形NSEが引退したタイミングで設定され、3000形や30000形EXEとともに、平成期の小田急らしい風景の一つだったと思います。
ワタシダ
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停車駅パターンも町田停車と相模大野停車を基本とするものを確立させ、後者は更に新百合ヶ丘が追加されるなど、他のロマンスカーと比べて短期間の設定故に変化は少なめでした。そんな「サポート」号も様々な面で面白い特徴があり、現在におけるロマンスカーの日常利用を確立させた立役者的存在とも言えそうですね。
ワタシダ
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サポートよりもダサい愛称は存在しないと言っても過言ではないと思います。
ワタシダ
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ワタシダ
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あと遅い高い少ないの三拍子
ワタシダ
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ワタシダ
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