1960年に営業運転を開始し、小田急に本格的な高性能車の時代をもたらした2400形。
小田急2400形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
2400形の初期編成は同日の竣功が比較的多く、2467Fと2469Fも同様のパターンだったことになります。
1次車から続くオーソドックスな仕様の編成で、外板と屋根板の厚さが変わっている以外、大きな変化はありません。
1979年以降に小規模な車体修繕を行い、腰部の外板が貼り替えられました。
各駅停車から急行まで、大型車との併結も行いつつ幅広い運用で活躍しました。
1987年度に廃車となり、取り外されたモーターが4000形に転用されています。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
※左側が新宿方
デハ2417:調査中
デハ2418:調査中
クハ2468:調査中
デハ2417:日本車輌製造
デハ2418:日本車輌製造
クハ2468:日本車輌製造
デハ2417:1961年3月17日
デハ2418:1961年3月17日
クハ2468:1961年3月17日
デハ2417:1987年12月16日
デハ2418:1987年12月16日
クハ2468:1987年12月16日

写真提供:小田急指令掛川様
小田急2400形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
2467Fの概要
1960年度末に登場した編成で、2469Fと同日に竣功しました。2400形の初期編成は同日の竣功が比較的多く、2467Fと2469Fも同様のパターンだったことになります。
1次車から続くオーソドックスな仕様の編成で、外板と屋根板の厚さが変わっている以外、大きな変化はありません。
1979年以降に小規模な車体修繕を行い、腰部の外板が貼り替えられました。
各駅停車から急行まで、大型車との併結も行いつつ幅広い運用で活躍しました。
1987年度に廃車となり、取り外されたモーターが4000形に転用されています。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
編成表
クハ2467-デハ2417-デハ2418-クハ2468※左側が新宿方
製造区分
クハ2467:調査中デハ2417:調査中
デハ2418:調査中
クハ2468:調査中
製造所
クハ2467:日本車輌製造デハ2417:日本車輌製造
デハ2418:日本車輌製造
クハ2468:日本車輌製造
竣功日
クハ2467:1961年3月17日デハ2417:1961年3月17日
デハ2418:1961年3月17日
クハ2468:1961年3月17日
廃車日
クハ2467:1987年12月16日デハ2417:1987年12月16日
デハ2418:1987年12月16日
クハ2468:1987年12月16日
2467Fの写真

写真提供:小田急指令掛川様


コメント
コメント一覧 (7)
停車駅は今の快速急行より少ないように記憶していますが、定かではありません。どなたかご教示いただければ。
2400型は、幕の中に組み込まれていたので、板は珍しいのでは…
二段窓全開は今思えば相当怖いですよね。子どもが外向きに座って転落したら。
でも、高速運転の爽快感は特別でした。
小生は、幼少期に1700か1900型の吊掛モーター唸らせて、タイヤフラット響かせ走る海水浴急行に乗った事を鮮明に覚えています。
ワタシダ
が
しました
ずっと前から気になっていたのですが、急停車やポイント通過の衝撃で、サボがはずれて吹っ飛ぶなんてことはなかったのでしょうか?
もし人に当たったら大変な事故になりますよね。
ワタシダ
が
しました
※写真の画像を見て、晩年に近いのかな?と思ったら、ドアステッカーが下半分が広告付きの大型タイプになっているので‘70年代後半の更に前半頃になるのでしょうか?
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
外板交換をしていたにも関わらず、10年足らずで、旧4000形新性能化の種車になったり廃車になったのが、勿体無い気がしました。
ワタシダ
が
しました