1960年に営業運転を開始し、小田急に本格的な高性能車の時代をもたらした2400形。
小田急2400形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
外板と屋根板が一般的な厚さとなった、2次車以降の標準的な仕様で、2400形はハイペースで造られていくこととなります。
2477Fは1968年に試作冷房車に選定され、小田原方の先頭車であるクハ2478の冷房改造が行われました。
屋根上に8,000kcal/hのCU-12を5台搭載し、集約分散式と呼ばれる方式を採用しています。
小田急の車両は1969年から塗装変更が開始されたため、2477Fは旧塗装のまま冷房装置を搭載し、その姿で唯一冷房車となった編成です。
試験の終了後も冷房はそのまま使われ、中型車では唯一の冷房車として活躍しました。
冷房の搭載以外にも特徴があり、種別幕が黒地のものに交換されています。
各駅停車では白幕となるため、優等列車で走る際に見ることができました。
使われ方は他の編成と基本的には共通でしたが、ほとんど冷房車が走らなかった多摩線においては、貴重な存在として活用されています。
冷房を搭載しながらも、2400形としては初期に廃車となっており、1985年に引退しました。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
※左側が新宿方
デハ2427:調査中
デハ2428:調査中
クハ2478:調査中
デハ2427:川崎車輛
デハ2428:川崎車輛
クハ2478:川崎車輛
デハ2427:1962年4月14日
デハ2428:1962年4月14日
クハ2478:1962年4月14日
デハ2427:1985年11月30日
デハ2428:1985年11月30日
クハ2478:1985年11月30日

写真提供:小田急指令掛川様

写真提供:小田急指令掛川様
小田急2400形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
2477Fの概要
1962年に登場した中期の増備車で、元々は他の編成と大きく変わらない仕様でした。外板と屋根板が一般的な厚さとなった、2次車以降の標準的な仕様で、2400形はハイペースで造られていくこととなります。
2477Fは1968年に試作冷房車に選定され、小田原方の先頭車であるクハ2478の冷房改造が行われました。
屋根上に8,000kcal/hのCU-12を5台搭載し、集約分散式と呼ばれる方式を採用しています。
小田急の車両は1969年から塗装変更が開始されたため、2477Fは旧塗装のまま冷房装置を搭載し、その姿で唯一冷房車となった編成です。
試験の終了後も冷房はそのまま使われ、中型車では唯一の冷房車として活躍しました。
冷房の搭載以外にも特徴があり、種別幕が黒地のものに交換されています。
各駅停車では白幕となるため、優等列車で走る際に見ることができました。
使われ方は他の編成と基本的には共通でしたが、ほとんど冷房車が走らなかった多摩線においては、貴重な存在として活用されています。
冷房を搭載しながらも、2400形としては初期に廃車となっており、1985年に引退しました。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
編成表
クハ2477-デハ2427-デハ2428-クハ2478※左側が新宿方
製造区分
クハ2477:調査中デハ2427:調査中
デハ2428:調査中
クハ2478:調査中
製造所
クハ2477:川崎車輛デハ2427:川崎車輛
デハ2428:川崎車輛
クハ2478:川崎車輛
竣功日
クハ2477:1962年4月14日デハ2427:1962年4月14日
デハ2428:1962年4月14日
クハ2478:1962年4月14日
廃車日
クハ2477:1985年11月30日デハ2427:1985年11月30日
デハ2428:1985年11月30日
クハ2478:1985年11月30日
2477Fの写真

写真提供:小田急指令掛川様

写真提供:小田急指令掛川様


コメント
コメント一覧 (7)
それはそれとしてクハ2478はクソ寒車両というイメージがあります
80年代初頭に数回乗っただけですけど
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
5000形の冷房運転が始まっても、2478号車は暑いままでした。
2478号車は隣りの非冷房の中間車との間に貫通扉もなく、効率が悪いなと感じましたが、そもそも冷房試験は短期間で終わってしまったから扉も必要なかったんだなと思っていました。
2478号車は小田急の冷房車数にカウントされ続けていましたが、実際の冷房運転の状況はどうだったのでしょうか。
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました