小田急初の高性能車として登場し、独特な2枚窓のスタイルが特徴だった2200形。
貫通型を基本としていた小田急の車両において、3000形の登場まではかなり珍しい存在でした。
2200形の2枚窓車は、2201Fから2215Fまでの8編成でしたが、製造メーカーによって不思議な仕様差が存在しました。
製造メーカーは2社で、日本車輌製造と川崎車輛となっています。
編成ごとの製造メーカーについては、以下のとおりです。
2201F:日本車輌製造
2203F:日本車輌製造
2205F:川崎車輛
2207F:川崎車輛
2209F:日本車輌製造
2211F:日本車輌製造
2213F:川崎車輛
2215F:川崎車輛
2編成ずつで交互になっており、それぞれの製造メーカーで4編成が造られました。
東急車輛製造で造られた編成はありませんが、2300形が割り当てられたということのようです。

写真提供:小田急指令掛川様
離合する2200形の2209Fと2213Fです。
前者が日本車輌製造、後者が川崎車輛で造られた編成ですが、さすがに見た目は同じように見えます。
少し分かりにくいですが、屋根上にある小さな通風器について、それぞれの編成で向きが異なっているという特徴がありました。
先頭部の通風器は、2209Fが後ろ向きなのに対して、2213Fは前向きで、これは製造メーカーによる違いです。
製造メーカーによる仕様差は前面窓にもあり、日本車輌製造は白Hゴム、川崎車輛は黒Hゴムでした。
後に後者へと揃えられていますが、登場当時はそんな目立つ違いもあったことになります。
僅かに8編成とはいえ、その中で明確に製造メーカーによって異なる状態が続いているのです。
2200形の2枚窓車は、1次車から3次車までとなっていますが、仕様差は変わらず続いています。
つまり、ミスによって生じたといったものではなく、小田急も許容したうえで続いたことがうかがえます。
製造メーカーによる仕様差という点では、2100形においてさらに目立つものがありました。
屋根の形状や車内が異なるというものでしたが、これは試作的な意味を含んでのものだったようです。
2100形のベンチレーターも向きが異なり、それが2200形に波及したのかもと思いましたが、全て同じ向きとなっていたため、そういうことではありませんでした。
後に登場した2600形においても、製造メーカーにより通風器の配置が異なるという仕様差があります。
こちらは途中で統一されたようですが、なぜ生じたのかという背景が気になるところです。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
通風器の違いは最後までそのままでしたが、どういった事情で生じたものだったのでしょうか。
貫通型を基本としていた小田急の車両において、3000形の登場まではかなり珍しい存在でした。
2200形の2枚窓車は、2201Fから2215Fまでの8編成でしたが、製造メーカーによって不思議な仕様差が存在しました。
2200形に存在した製造メーカーによる仕様差
ネコと呼ばれて親しまれた2200形の2枚窓車は、合計16両が造られました。製造メーカーは2社で、日本車輌製造と川崎車輛となっています。
編成ごとの製造メーカーについては、以下のとおりです。
2201F:日本車輌製造
2203F:日本車輌製造
2205F:川崎車輛
2207F:川崎車輛
2209F:日本車輌製造
2211F:日本車輌製造
2213F:川崎車輛
2215F:川崎車輛
2編成ずつで交互になっており、それぞれの製造メーカーで4編成が造られました。
東急車輛製造で造られた編成はありませんが、2300形が割り当てられたということのようです。

写真提供:小田急指令掛川様
離合する2200形の2209Fと2213Fです。
前者が日本車輌製造、後者が川崎車輛で造られた編成ですが、さすがに見た目は同じように見えます。
少し分かりにくいですが、屋根上にある小さな通風器について、それぞれの編成で向きが異なっているという特徴がありました。
先頭部の通風器は、2209Fが後ろ向きなのに対して、2213Fは前向きで、これは製造メーカーによる違いです。
製造メーカーによる仕様差は前面窓にもあり、日本車輌製造は白Hゴム、川崎車輛は黒Hゴムでした。
後に後者へと揃えられていますが、登場当時はそんな目立つ違いもあったことになります。
仕様差が生じた不思議
編成や製造時期において、細かい仕様差が生じるのは珍しくありませんが、2200形の場合は少し事情が異なります。僅かに8編成とはいえ、その中で明確に製造メーカーによって異なる状態が続いているのです。
2200形の2枚窓車は、1次車から3次車までとなっていますが、仕様差は変わらず続いています。
つまり、ミスによって生じたといったものではなく、小田急も許容したうえで続いたことがうかがえます。
製造メーカーによる仕様差という点では、2100形においてさらに目立つものがありました。
屋根の形状や車内が異なるというものでしたが、これは試作的な意味を含んでのものだったようです。
2100形のベンチレーターも向きが異なり、それが2200形に波及したのかもと思いましたが、全て同じ向きとなっていたため、そういうことではありませんでした。
後に登場した2600形においても、製造メーカーにより通風器の配置が異なるという仕様差があります。
こちらは途中で統一されたようですが、なぜ生じたのかという背景が気になるところです。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
おわりに
製造メーカーの違いにより、分かりやすい外見上の仕様差があった2200形。通風器の違いは最後までそのままでしたが、どういった事情で生じたものだったのでしょうか。


コメント
コメント一覧 (7)
小田急9000形や、国鉄113系等で、乗り込んだ瞬間にこれは川車(川重)製と判る程に、かなり青っぽくなった車両をよく見かけたのを憶えています。
ワタシダ
が
しました
おそらく小田急も、同様の理由でメーカーによる差異を問題視しなかったのだと思います。
ワタシダ
が
しました
車体のカーブに沿って曲がっているものと、平ら(フラット)なものの2種類が存在します。
現在調査中ですが、曲がっているのは日車製が多いみたいですね。
ワタシダ
が
しました
3000形以降の形式では製造次数ごとにメーカーを集約するようになったため、こうした編成ごとの仕様差は少なくなっていくのでしょうね。
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました