黒川駅付近から小田急多摩センター駅まで並走し、多摩ニュータウンの輸送ではライバル関係にある小田急と京王。
昔から新宿駅方面の輸送では京王が優位で、大きく変わることなく今日まで続いています。

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複々線の完成後、勝負を挑んでいるようにも見える小田急ですが、どこか本気というわけでもないような、不思議なライバル関係のように感じてきました。
そんな2社のこれまでを振り返りつつ、実態も含めて考えてみたいと思います。

運行状況が大きく異なった小田急と京王

小田急と京王の競合関係は、1974年10月18日に始まりました。
この日は相模原線が京王多摩センター駅まで延伸した日であり、これにより小田急永山駅が新宿駅までの輸送におけるライバル関係となります。

小田急は1975年4月23日に小田急多摩センター駅まで延伸し、この日からは多摩ニュータウンの中心部でも競合となりました。
ライバル関係はこの時期からスタートしたといえますが、小田急と京王は運行状況が大きく異なることとなります。

開業した頃の運行状況は、小田急が線内折り返しを基本とした15分間隔だったのに対し、京王は1時間に6本を走らせていました。
さらに、種別の半分は快速といった優等列車だったほか、新宿駅まで走る列車が大半でした。

最初から運行状況に大きな差があった両社ですが、当時の小田急はラッシュ時の輸送力が限界に達しており、多摩線に力を入れる余力はなかったともいえます。
見方を変えると、既に余力がない状態でのスタートであり、最初から勝負を挑むつもりさえなかったのかもしれません。

そもそもの部分ですが、新宿駅からの距離という面で、両社には若干の差があります。
小田急が30.6kmなのに対して、京王は29.2kmであり、距離の面では京王に若干の優位性があるのです。

本気ではないようにも見える小田急

小田急が線内折り返しを基本とする状態が続く中、京王は都営新宿線との直通運転や、特急の運行を開始する等、利便性を向上させていきました。
そのような時期になっても、小田急の輸送力は限界のままという状態で、抜本的な改善は複々線化以外にないという状態が続いていくこととなります。

多摩線に大きな変化があったのは2000年のことで、限定的な本数ながら特急と急行が設定されました。
各駅停車しか設定されてこなかった多摩線において、定期の優等列車が走るようになった転換点といえます。
その後、2002年に多摩急行の運行が開始され、小田急は京王の背中を追いかけることとなりました。

千代田線との直通運転を基本にした運行は、2018年のダイヤ改正まで続きました。
途中で優等列車の増発といった動きや、特急の廃止等がありましたが、2018年は優等列車の行先を新宿にするという変更で、京王を強く意識したように見えるものとなっています。
朝のラッシュ時には通勤急行が設定され、所要時間の優位性が生まれました。

ここから真っ向勝負なのかと思わせながらも、小田急は多摩線内を各駅停車として運行する列車を増やし、やがて急行の全駅停車化に踏み切ります。
京王ライナーが増える中でも、多摩線内に特急を復活させることもなく、本気で勝負を挑んでいない印象です。

意識している面は感じますが、そもそも小田急は本気で勝負を挑んでいないように思います。
それぞれの乗り入れ先として、東京メトロの千代田線と都営の新宿線がありますが、この2路線が大きく異なるルートであることから、実際のところは住み分けているという面が大きいのでしょう。
新宿駅という面では競合関係にありますが、全体で見れば局所的でもあり、それ以外の部分に力を入れるというのは、ある意味自然なことといえます。

その方向性が強く示されているように感じるのが、多摩線の川崎市内を走る区間への力の入れ方で、近年はこの地域に注力している印象です。
急行の全駅停車化もその流れだと考えられ、多摩線内を各駅に停車する急行が設定され始めた段階で、方針は変化しつつあったのかもと思いました。

おわりに

白旗をあげたわけではないのでしょうが、小田急は多摩線という路線においては、勝てる部分に対しての投資を行っているように思います。
路線も唐木田駅までと短く、前提の部分で厳しいと感じている面もありそうです。