1989年に2400形が形式消滅し、通勤型車両は大型車に統一されることとなった小田急。
車体の長さだけではなく、幅や冷房の有無といった違いもあったため、サービス面でも大きな改善が図られました。

2600形以降の車両に比べて、車体の幅が狭かった中型車には、後年にドアステップが取り付けられましたが、それはいつ頃のことだったのでしょうか。

中型車に取り付けられたドアステップ

現代の小田急を見ていると、そんな車両が走っていたというのが信じられませんが、1980年代までは中型車と呼ばれる車両が主力として活躍していました。
細かい違いはありつつも、片側に三つのドアを備えた車両で、車体の長さが少し短いことが特徴です。

明確な定義があるわけではなさそうですが、1600形以降のABF車やABFM車、2400形を指すことが多く、1800形や2600形以降の大型車と対になる存在でした。
1970年代にABF車が廃車され、1980年代にはABFM車と2400形が残りましたが、大型車への置き換えが進められていくこととなります。

高性能車だったABFM車と2400形は、車体の幅が2,700mmしかなく、2600形等の大型車が車体下部も2,800mmだったのに比べて、100mmも狭いものでした。
ホームとのすき間が広かったことから、後年にドア部分にステップが取り付けられ、車体から張り出しが見られるようになります。

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写真提供:小田急指令掛川

手前に2200形が繋がっており、ドア部分にステップがあることが分かります。
奧は2300形ですが、車体の幅が2,800mmだったことからドアステップはなく、このような分かりやすい違いが生まれることとなりました。

ドアステップが取り付けられた時期

中型車に対するドアステップの取り付けは、1974年から始まったようです。
1974年といえば、1900形等の廃車が始まったタイミングであり、2200形以降が取り付けの対象になったのは、こういった事情も作用しているのでしょう。

ドアステップの取り付けは順次行われたため、当然のことながら設置された編成とそうではない編成が混在した時期がありました。
写真を見つつ調べた限りでは、1976年時点でもドアステップがない編成が存在し、取り付けには数年を要したものとみられます。

小田急の車両が、ケイプアイボリーにロイヤルブルーの帯を巻く新塗装となったのは、1969年以降のことでした。
これも塗装変更の完了まで数年を要したため、ドアステップがない中型車の新塗装は、かなり短い期間しか見られなかったことになります。
1970年代の小田急は、車両の見た目が細かく変化していく時期だったといえそうです。



写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。

おわりに

狭い車体からドアステップが張り出し、後年は特徴的な見た目になっていた中型車。
他社でも同様の事例が散見され、一つの流れだったということなのでしょうね。