昔は急行の分割併合が盛んに行われ、1日を通して賑やかだった小田急の相模大野駅。
現在も特急が分割併合を行うシーンを見ることができますが、昔に比べれば限られた本数となっています。

20260808_04

そんな相模大野駅ですが、元々は江ノ島線から4番ホームに入ることができませんでした。
配線が改良される前の時代に、上り列車の連結はどのように行われていたのでしょうか。

ポイントがなかった上り線の小田原方

改良工事で2面6線化され、通過線を備える駅となった相模大野駅ですが、それ以前は2面4線の配線でした。
小田原線が3番ホームに、江ノ島線が4番ホームに繋がるのは今と同様ですが、江ノ島線から3番ホームに入れるポイントはなく、連結は専ら4番ホームで行われることとなります。

柔軟性に欠ける配線だった相模大野駅ですが、さらに時間をさかのぼると、小田原線から4番ホームに入ることさえできませんでした。
元々が信号所だった名残なのか、あまり機能的な配線ではなかったことになります。
ホームが千鳥配置だったような時期もあり、現在に至るまで変化の多い駅といえるでしょう。

小田原方にポイントがなかったため、相模大野駅では待避をすることもできませんでした。
しかし、町田駅に待避設備があったため、それほど不都合はなかったのかもしれません。

面倒だった上り列車の連結

待避ができないことに加え、列車の連結という面でも当時の配線は制約がありました。
江ノ島線の列車を先に入線させ、小田原線の列車を後ろに繋ぐのがお決まりのパターンでしたが、同一のホームに入線させられない時代は、そう単純にはいかなかったのです。

小田原方にポイントがなかった時代は、4番ホームに江ノ島線から来た列車が入り、一度本線上を町田方面に進みました。
その後、向きを変えて3番ホームへと戻ることで、小田原線から来た列車と連結するという運用です。

あまりにも面倒な連結の仕方ですが、列車密度が多くない時代においては、そこまで問題はなかったということなのでしょう。
編成も短かったため、乗務員の行き来もすぐに終わったものと思われます。
列車の本数が増加してくると、さすがにこのような運用は厳しくなったのか、小田原線から4番ホームに入れるように配線が改良され、本線上での折り返しは解消されました。

おわりに

列車密度が低い時代とはいえ、やや面倒な運用で連結を行っていた相模大野駅。
現代からすれば非効率なのかもしれませんが、当時においては効率がよかった面もあるのかもしれませんね。