準特急用として2扉のセミクロスシート車として造られながら、僅か4年ほどで3扉のロングシート車に改造された小田急の2320形。
格下げ後は他のABFM車と同じように扱われますが、側面の不規則な窓配置に往時の面影を残していました。

そんな2320形は、小田急で初めて両開き扉を採用した車両でしたが、それ以外にもトイレに関連する初の装備を採用しています。

小田急初の汚物タンクを装備した2320形

1959年にデビューした2320形は、2220形を2扉のセミクロスシートにしたような車両で、準特急用として造られました。
登場時は4両固定編成で、2321Fと2325Fの2編成の陣容となっています。

2220形に続いて、2320形の車内にはトイレが設けられていました。
位置は中間車のデハ2322とデハ2326で、当然のことながら和式便器となっています。

トイレが設けられた2両には、一部仕様差が存在しており、デハ2322には試験的に汚物タンクが設置されました。
汚物タンクは台車よりも連結面に近い位置の床下にあり、枕木方向に配置されています。

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写真提供:小田急指令掛川

僅か4年ほどで2両化されてしまいましたが、2321Fのデハ2322が汚物タンクを設けていました。
これは小田急として初の装備であり、全国的にも早期の採用事例です。

NSEへと引き継がれた汚物タンク

小田急初の汚物タンク装備車となった2320形ですが、それ以前のトイレはどうなっていたのでしょうか。
現代の衛生水準からすれば信じられないことですが、排泄されたものはそのまま床下から捨てられる方式で、たれ流しと呼ばれていました。

画期的なロマンスカーとして、1957年に3000形(SE)を小田急は登場させますが、意外にもトイレはたれ流しとなっています。
近未来的な見た目とは異なり、トイレについては昔ながらの方式を採用していました。

昔は当たり前だったたれ流しですが、問題視されていなかったわけではありません。
沿線の宅地化が進むほど、その不衛生さは注目されるようになり、黄害と呼ばれていました。
その対策として、デハ2322が汚物タンクを装備したことになります。

デハ2322に設置された汚物タンクは、162Lの容量となっており、排気扇等も設けられていました。
試験的なものであったため、デハ2326には設けられておらず、1両だけで実用化に向けた試験が進められていきます。

試験の結果を受け、小田急は3100形(NSE)で汚物タンクを正式採用し、追ってSEも同様の方式に改造されました。
全国的には、たれ流しがその後も一部では長く残りましたが、小田急は早々に黄害と決別することを選択したことになります。



写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。

おわりに

走行中の列車から、排泄物がそのまま出されていた状況への対策として、2320形は重要な役割を担うこととなりました。
僅か4年程度しか使われなかったトイレですが、果たした役割はあまりにも大きかったように思います。