1984年までは定期の貨物列車が運行され、多数の電気機関車を保有していた小田急。
その後も電気機関車は残り、新車の輸送等に活躍しましたが、1990年代に相次いで廃車となりました。
電気機関車の中には、唯一正式に保存されたED1011という車両があります。
現存していないことが悔やまれますが、どういった流れを辿ったのでしょうか。
形式は、デキ1010形、デキ1020形、デキ1030形、デキ1040形で、デキ1010形のみ2両造られています。
最も古かった電気機関車は、小田急が開業した年である1927年に造られたデキ1010形で、元々は1形と称されました。
大東急となった際にデキ1010形に変更され、デキ1011とデキ1012となっています。
分離独立後も形式は変わりませんでしたが、車両の番号はED1011とED1012となり、形式名とは異なる面白い状態となりました。
デキ1010形は40t級の電気機関車で、本線上を走る車両の中ではやや小さめでした。
そういった事情があるためか、他の車両よりも引退した時期が少し早く、1968年にED1011、1984年にED1012が廃車となっています。
小田急の電気機関車で、正式に保存されて公開されたのはED1011のみで、貴重な存在だったことになります。

自然の中に溶け込むように佇み、鉄道資料館を訪れる入園者を静かに迎えていました。
車体がそこまで長くないことから、配置しやすい車両だったのではないでしょうか。
経緯が不明な点としては、鉄道資料館が完成したのは1980年のことであり、廃車からは年数が経っていました。
先に保存されていたのか、それとも小田急の検車区等で留置していた車両を運んだのか、機会があれば調べてみたいと思います。
残念だったことは、2002年に向ヶ丘遊園が閉園してしまい、ED1011も解体の運命を辿ってしまったことです。
移転先を見つけるのは簡単ではないため、仕方がないことだったのでしょう。
もう一つの悲しい展開としては、廃車後も保管されていたED1012が、2004年に解体されてしまったことです。
廃車後も残されていた電気機関車は、2000年代に相次いで解体されてしまい、姿を残す車両は消滅してしまいました。
ED1011とED1012には、すり替わりがあったというような話もあり、色々と興味深い車両でした。
その後も電気機関車は残り、新車の輸送等に活躍しましたが、1990年代に相次いで廃車となりました。
電気機関車の中には、唯一正式に保存されたED1011という車両があります。
現存していないことが悔やまれますが、どういった流れを辿ったのでしょうか。
1927年に製造されたデキ1010形
小田急の本線上を走る電気機関車は、合計5両が製造されました。形式は、デキ1010形、デキ1020形、デキ1030形、デキ1040形で、デキ1010形のみ2両造られています。
最も古かった電気機関車は、小田急が開業した年である1927年に造られたデキ1010形で、元々は1形と称されました。
大東急となった際にデキ1010形に変更され、デキ1011とデキ1012となっています。
分離独立後も形式は変わりませんでしたが、車両の番号はED1011とED1012となり、形式名とは異なる面白い状態となりました。
デキ1010形は40t級の電気機関車で、本線上を走る車両の中ではやや小さめでした。
そういった事情があるためか、他の車両よりも引退した時期が少し早く、1968年にED1011、1984年にED1012が廃車となっています。
向ヶ丘遊園内に保存されたED1011
最初に廃車となったED1011は、向ヶ丘遊園内にあった鉄道資料館の脇に保存され、入園すればいつでも見られる存在でした。小田急の電気機関車で、正式に保存されて公開されたのはED1011のみで、貴重な存在だったことになります。

自然の中に溶け込むように佇み、鉄道資料館を訪れる入園者を静かに迎えていました。
車体がそこまで長くないことから、配置しやすい車両だったのではないでしょうか。
経緯が不明な点としては、鉄道資料館が完成したのは1980年のことであり、廃車からは年数が経っていました。
先に保存されていたのか、それとも小田急の検車区等で留置していた車両を運んだのか、機会があれば調べてみたいと思います。
残念だったことは、2002年に向ヶ丘遊園が閉園してしまい、ED1011も解体の運命を辿ってしまったことです。
移転先を見つけるのは簡単ではないため、仕方がないことだったのでしょう。
もう一つの悲しい展開としては、廃車後も保管されていたED1012が、2004年に解体されてしまったことです。
廃車後も残されていた電気機関車は、2000年代に相次いで解体されてしまい、姿を残す車両は消滅してしまいました。
おわりに
もし現存していれば、ロマンスカーミュージアム等での展示もありえたため、電気機関車の解体は少々残念な展開だったことになります。ED1011とED1012には、すり替わりがあったというような話もあり、色々と興味深い車両でした。


コメント
コメント一覧 (20)
ワタシダ
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過去に時々リンク貼ってた人の記事で、小田急の電機が登場する回がありました。
記事の一番最後の写真なので、下に進んで行ってください。
https://sanpototabi.blog.jp/archives/1080089080.html
ワタシダ
が
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ワタシダ
が
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鉄道ピクトリアル286号(1973年刊)に「ED1011は向ケ丘遊園に保存されている」という記述があります。
自分も1974年に現地に行って撮影した写真があるので見返してみました。機関車の前に説明板があり、
「終戦後の食糧難時代には米、麦、さつまいも、高座すいかなども輸送しました。昭和43年5月30日に現役をしりぞき、6月10日にこの遊園地に来て、これからを皆さんと共に過ごすことになりました。」と書いてあります。
ワタシダ
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ワタシダ
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向ヶ丘遊園遊園地と隣接し、川崎市が管理する生田緑地には国鉄のスハ42が保存されています。郷土の歴史を振り返るならば、このような機関車こそ保存されるのが相応しいのにと思います。
残念ながら、小田急自身が自社の歴史や遺産を正確に理解しているのか疑問で、星野社長(当時)の時代には保存車全てを解体するような動きもあり、OBの生方氏が真意を確認する顛末もありました。側から見ると、何か先輩たちに含むところでもあるのかと思わざるを得ませんでした。
新しいことを始めるのは結構ですが、先人への敬意を失ってしまってはいけません。
ワタシダ
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ED1011ですが向ヶ丘遊園の資料館ができる前は、同じ向ヶ丘遊園の別の場所、遊具があったあたりで展示されていた気がします。1980年に資料館ができた際、移設されたと思われます。あいまいな記憶ではありますが・・・。
ワタシダ
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もし、仮に電気機関車の保存場所を移転させるとしたら喜多見検車区の車庫内(過去に引退したロマンスカーや通勤型車両が保存されており、複々線化に伴う留置場所確保により、現在はロマンスカーミュージアムや海老名電車基地の保管庫に移されました)も有力候補となりそうで、屋根に覆われた構造から車両の状態が良好という好条件もつきます。それを考えれば解体を免れ、現在も海老名のどこかで保存されたのかもしれませんね。
ワタシダ
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ワタシダ
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ワタシダ
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