WN駆動方式を採用した4両編成で登場し、後に2両編成へと改造された小田急の2220形。
小田急2220形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
WN駆動方式を採用し、2200形を4両固定編成とした車両で、前面は貫通型に回帰しています。
4両編成となりましたが、制御車や付随車を含まない全電動車方式を踏襲しました。
通勤型車両ながら、車内にはトイレも設置されましたが、2400形以降の後継車両には波及していません。
長編成時代に入っていく中、2400形と併結して6両を組む車両が不足したため、1962年に2両編成化が行われました。
2両を1ユニットとしつつ、全電動車方式であったことが、この改造を容易にしたともいえます。
小田原方に位置するデハ2230が先頭車化改造車で、2400形に準ずるデザインとなっていました。
晩年は2231Fとの中間に2200形の2205Fを挟み、実質的に固定編成としたうえで使用されました。
ABFM車として最後まで残り、1984年に廃車となりましたが、新潟交通に譲渡されモハ2220形として再起しています。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
※左側が新宿方
デハ2230:調査中
デハ2230:川崎車輛
デハ2230:1958年3月
デハ2230:1984年6月30日

写真提供:小田急指令掛川様
小田急2220形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
2229Fの概要
2220形の第3編成として1958年に竣功した編成で、元々は4両編成の新宿方に位置する2両でした。WN駆動方式を採用し、2200形を4両固定編成とした車両で、前面は貫通型に回帰しています。
4両編成となりましたが、制御車や付随車を含まない全電動車方式を踏襲しました。
通勤型車両ながら、車内にはトイレも設置されましたが、2400形以降の後継車両には波及していません。
長編成時代に入っていく中、2400形と併結して6両を組む車両が不足したため、1962年に2両編成化が行われました。
2両を1ユニットとしつつ、全電動車方式であったことが、この改造を容易にしたともいえます。
小田原方に位置するデハ2230が先頭車化改造車で、2400形に準ずるデザインとなっていました。
晩年は2231Fとの中間に2200形の2205Fを挟み、実質的に固定編成としたうえで使用されました。
ABFM車として最後まで残り、1984年に廃車となりましたが、新潟交通に譲渡されモハ2220形として再起しています。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
編成表
デハ2229-デハ2230※左側が新宿方
製造区分
デハ2229:調査中デハ2230:調査中
製造所
デハ2229:川崎車輛デハ2230:川崎車輛
竣功日
デハ2229:1958年3月デハ2230:1958年3月
廃車日
デハ2229:1984年6月30日デハ2230:1984年6月30日
2229Fの写真

写真提供:小田急指令掛川様


コメント
コメント一覧 (7)
この時代に開発を主導されていた元鉄道省の技師である山本利三郎氏は大阪府のご出身で、何か影響があったのか、この頃の電車には関西風の雰囲気も少し感じられます。
前面ガラスが汚れやすいなど、運用上の不都合があったのでしょうか。今はもう、連接車と共に小田急の営業線では見られなくなってしまいました。
ワタシダ
が
しました
併せて前述の通り、併用区間走行の為に排障器が付けられたのが小田急時代を知っている者からしたら違和感有り有りです。
ワタシダ
が
しました