地上と地下にホームが分かれ、2層式の構造が珍しい小田急の新宿駅。
限られた用地を最大限活用することで、線路容量とホームの広さを確保することに成功しました。

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そんな新宿駅ですが、昔は貨物用の側線があり、その用地を活用して2層式の構造が誕生しました。
新宿駅の側線は、いつまで存在していたのでしょうか。

新宿駅に設けられた貨物側線

南新宿駅付近からポイントが始まり、地上と地下に線路が分かれる新宿駅には、貨物用の側線が設けられていた時期があります。
大都会となった現在、そのような側線があったとは信じられませんが、貨物輸送が盛んに行われていた時代においては、多くの主要駅に設けられていました。

側線は甲州街道が交差する地点から小田原寄りにあり、新宿1号踏切付近まで続きます。
線路自体は2線分で、上り線側にまとめて設けられており、昔から複々線分の用地があったことになります。

側線には五つの番線があり、5番線から9番線を構成していました。
6番線と7番線は貨物ホームで、8番線と9番線は砂利をおろすための線路です。
当時は、旅客用に1番線から4番線が割り当てられていたため、その続きの番号とされていたものですが、案内上で使われる国鉄からの通し番号とは異なるものでした。

側線から本線を介しては、国鉄の線路へとポイントを介して繋がっており、車両の行き来も行われました。
現在は面影すらありませんが、横を通るJR東日本の電車を眺めていると、かつての繋がりを想像させられます。

1972年まで残った貨物側線

戦後も変わらず残っていた側線に変化があったのは、新宿駅で大規模な改良工事が行われた時期でした。
駅の手前を複々線として、地上と地下に分かれるポイントを設置するにあたり、側線の用地が有効活用されたためですが、それがあったからこそ実現した構造ともいえるでしょう。

用地自体は転用されたものの、側線は1線だけが残されます。
貨物ホームに隣接する線路が残されており、荷物電車の拠点として活用されたほか、特急等の一時的な留置線としても使われました。

かろうじて残った側線でしたが、その状態も長くは続かず、1972年に廃止されるという運命を辿ります。
廃止の理由は2回目の改良工事で、新宿駅の規模拡大や南新宿駅の移設が行われ、付近の風景は一変することとなりました。

おわりに

現在は新宿1号踏切付近まで人工地盤が設けられ、側線の存在は遠い過去となっています。
容易には拡張ができない用地において、側線があったことはプラスに働き、2層式の珍しい駅構造へと発展する足がかりとなりました。