1960年に営業運転を開始し、小田急に本格的な高性能車の時代をもたらした2400形。
小田急2400形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
同一形式、同一両数の編成数としては、3000形の6両編成が32本となるまでの最多記録となっています。
編成の仕様は2次車以降の標準的なもので、外板と屋根板は一般的な厚さとなっています。
1979年以降に行われた車体の小規模修繕は行われず、最後まで56芯ジャンパ連結器が残存していました。
各駅停車から急行まで、大型車との併結も行いつつ幅広い運用で活躍しました。
修繕の対象から外れていたためか、最終編成ながら1985年に2400形として真っ先に廃車となっています。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
※左側が新宿方
デハ2507:調査中
デハ2508:調査中
クハ2558:調査中
デハ2507:日本車輌製造
デハ2508:日本車輌製造
クハ2558:日本車輌製造
デハ2507:1963年6月17日
デハ2508:1963年6月17日
クハ2558:1963年6月17日
デハ2507:1985年4月1日
デハ2508:1985年4月1日
クハ2558:1985年4月1日

写真提供:小田急指令掛川様
小田急2400形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
2557Fの概要
1963年に竣功した2400形の最終編成で、2557Fの登場によって合計の編成数は29本となりました。同一形式、同一両数の編成数としては、3000形の6両編成が32本となるまでの最多記録となっています。
編成の仕様は2次車以降の標準的なもので、外板と屋根板は一般的な厚さとなっています。
1979年以降に行われた車体の小規模修繕は行われず、最後まで56芯ジャンパ連結器が残存していました。
各駅停車から急行まで、大型車との併結も行いつつ幅広い運用で活躍しました。
修繕の対象から外れていたためか、最終編成ながら1985年に2400形として真っ先に廃車となっています。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
編成表
クハ2557-デハ2507-デハ2508-クハ2558※左側が新宿方
製造区分
クハ2557:調査中デハ2507:調査中
デハ2508:調査中
クハ2558:調査中
製造所
クハ2557:日本車輌製造デハ2507:日本車輌製造
デハ2508:日本車輌製造
クハ2558:日本車輌製造
竣功日
クハ2557:1963年6月17日デハ2507:1963年6月17日
デハ2508:1963年6月17日
クハ2558:1963年6月17日
廃車日
クハ2557:1985年4月1日デハ2507:1985年4月1日
デハ2508:1985年4月1日
クハ2558:1985年4月1日
2557Fの写真

写真提供:小田急指令掛川様


コメント
コメント一覧 (3)
8000形と1000形の新製に伴い2400形は1985年からこの編成を最初に廃車が始まりました。1985年4月にはこの編成とあと2本(2451Fと2453F)が廃車となりました。この編成は1日、6日に2451F、16日に2453Fがいずれも廃車となりました。
ワタシダ
が
しました
後方の陸橋は、子供の国に通じる道路で上り待避線設置と、下りホームの延伸工事をしてる様に見えます。
ワタシダ
が
しました