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タグ:小田急4000形

2004年12月のダイヤ改正に合わせて運用を離脱し、静かに引退した小田急4000形。新性能化後は、4両が8本、6両が10本となっていましたが、2003年に廃車が開始されると、急速に数を減らしていきました。4000形で最後まで残った編成は、4両の4055Fと6両の4257Fです。別々の編成な ... もっと読む
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1974年に開業し、近年は利用者も増加した小田急の多摩線。新百合ヶ丘から小田急永山までが最初に開業し、翌年に小田急多摩センター、1990年に唐木田まで延伸されてきました。開業から現在まで、多摩線内で改称された駅はありませんが、開業前に予定されていた名称から変更さ ... もっと読む
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登場時も、高性能化後も、足回りは流用品だった小田急4000形。1985年から高性能化と冷房化が行われたのですが、またしても主電動機は流用品で、同時期に廃車となった2400形から発生したものでした。その2400形は全車が解体され、残念ながら現存しません。他社への譲渡もあり ... もっと読む
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鉄道コレクションで発売され、地味な形式ながら最近注目度が高い小田急の4000形。2600形や5000形に似た姿をしていましたが、細部を見るとだいぶ異なっていました。模型化されたのは、冷房化、高性能化された後のもので、より他車との違いが出た後の姿です。サイドビューの写 ... もっと読む
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旧性能車の機器を流用して登場した小田急4000形。後年は2400形の機器を流用して高性能化され、他形式とも併結して活躍しました。高性能化前の4000形は、基本的に他形式との併結を行わず、4000形のみで編成を組んでいました。一時期1800形との併結運転を行いましたが、連続し ... もっと読む
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小田急最後の吊り掛け駆動車といえば、2005年まで活躍した4000形です。異端車として見られる面が多かった形式ですが、その歴史の中で暫定5両という特徴的な編成が存在しました。1969年より、小田急では大型車の8両運転を開始することになりました。当時はまだ大型車自体が少 ... もっと読む
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現在は1000形の未更新車のみが装備し、小田急ではほとんど見られなくなった幕式の表示器。通勤型車両では、1000形までが幕式で登場し、ワイドドア車でLEDによる表示器が採用されました。その幕式の表示において、小田急では基本的に日本語のみが表記されていました。基本的に ... もっと読む
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10両化の進展により、異形式の併結運転が少なくなった小田急。以前は途中駅での分割併合が当たり前で、1日の中で頻繁に併結相手が変わっていました。現在でも異形式の併結はありますが、そう頻繁に組み合わせを変えるものではなくなり、一度繋がればしばらくはそのままという ... もっと読む
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複々線化の進展により、沿線風景が大きく変化した平成の小田急線。地上を走っていた線路は高架化や地下化が行われ、風景も車窓も一変しました。いかにも私鉄といった雰囲気だった駅も一新されたことから、複々線化区間は新設鉄道のようになっています。立体化されたことで、 ... もっと読む
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新百合ヶ丘から唐木田までを結ぶ10.6kmの路線、小田急多摩線。三つある小田急の路線の中で、最も短い路線です。多摩線は1974年6月1日に開業しました。当初は新百合ヶ丘から小田急永山までで、翌年に小田急多摩センターまで開業、1990年に唐木田まで延伸し今日に至ります。宅 ... もっと読む
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